人間の操作との違いは重心移動の有無

走行中はカメラによる画像処理は行っていない。時速200kmの速度では処理が追い付かないからだ。MOTOBOTは自分の位置を知るために、補正情報を加えて精度を上げたRTK GPS(Real Time Kinematic GPS)を利用して、2.5cm以下の誤差レベルでサーキットのライン取りをしている(写真3)。ただ、当初採用したRTK GPSは100m秒ごとに位置情報を取得していたが、時速200kmだと100m秒でもけっこうな距離を移動してしまう。そこで、MOTOBOTはIMU(3次元のジャイロセンサー)も併用し、1m秒ごとにセンサーの値を読み取って位置を補正している。「地上を時速200kmで自律的に移動するロボットは前例が見つからなかったので、いろいろと試行錯誤しながら調整を行った」(森田氏)。

MOTOBOTはサーキットでの高速走行だけでなく、低速度でのスラローム走行も可能だ。2輪車の場合、ある程度のスピードを出して前輪と後輪を安定させないとまっすぐに進むことができない。カーブを曲がる際にも、高速度域では4輪車のように進行方向に向かって無理やりハンドルを切ってしまうと、バランスを崩して転倒する。そのため、一般的なライダーはコーナリング時にハンドルを使わずに、重心移動を使って車体を曲がりたい方向に寝かして曲がっていく。バイクは、車体を寝かした角度にあわせて勝手にハンドルが切れ込む構造になっている。ただ、プロのレーサーなどは重心移動と合わせて微妙にハンドル操作をすることで、コーナリング時にコースを修正するなどのテクニックを使っている。

MOTOBOTの場合、自分で身体をずらす重心移動はできないため、ハンドル操作だけでコーナーを曲がっている。重心移動がなくてもコーナーが曲がれることは、事前のシミュレーションでは確認していた。「実際に重心移動だけでコーナリングが可能なのかは、MOTOBOTをテストコースで走らせるまで不安だった。それが実証できたことは大きな発見であり、バイクを安全に走らせるための新しい気づきにもなった」(モビリティ技術本部 NPM事業統括部 主事 内山俊文氏)という。

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(写真3)走行中はヘルメットに付けられたカメラの映像とVR画面を比較しながら挙動を監視する
(ヤマハ発動機のホームページ動画より抜粋)

そこまで完成度を高めたMOTOBOTだが、なぜロッシ選手には勝てないのか。その原因は身体能力、すなわちハードウエアの違いではなく、心理的な違い、すなわちソフトウエアに課題があるようだ。人間のライダーならば自分が思い描いたコース取りに失敗してタイムをロスすると、次は前回とは違ったアプローチで挽回しようとする。MOTOBOTの場合も、自分が理想と考えるコース取りを自律的に組立て、それに基づいて走行しようとするが、一度失敗してもそのアプローチは変えない。そのため、不安定な挙動が出ても,それを繰り返してしまう。「MOTOBOTにはまだ人間のような臨機応変さがない。それを教えることができれば、ロッシ選手との差はもっと詰められるはずだ」(内山氏)。

さまざま乗り物に対応できるロボットの可能性

ヤマハ発動機はライダーがバイクを操作しているアクションやハンドル操作が、車体にどういった挙動として現れるかを解析するデータなど、さまざまなデータをMOTOBOTによって集積しようとしている。「MOTOBOT自体の研究開発にあてる期間は、もともと3年間を予定していた。それ以降は、その研究で得た技術を将来の安全な乗り物の開発に応用したり、新ビジネスやサービスの開発にもつなげていきたい」(森田氏)。

ヤマハ発動機が考えているMOTOBOTの将来的な活用法の一つが、テストライダーだ。MOTOBOTなら、人間のライダーが事故を起こす限界の状況まで試すことができる。そこで得たデータを、より安全なバイクの設計に生かすのだ。また、ロボットならば正確に同じ動作を繰り返すことができるので、定量的な走行データがとれる。バイクは感覚で運転を楽しむ乗り物というイメージがあり、実際にフィーリング評価と呼ばれている“乗り味”でランキングを付けられることも多い。そういった冗長的な部分をあらかじめ見込んで、バイクという商品を設計することは現時点では難しいが、「MOTOBOTによって定量的なデータによる分析が進めば、独特な運転フィーリングを持つバイクの開発にも役立つかもしれない」(内山氏)。

MOTOBOTは、ロボットが高速度域でもバイクを運転できることを実証した。2輪車という不安定で4輪車よりも運転操作や制御が難しい乗り物が運転できたことから、ロボットによる他の乗り物の運転が広がる可能性はある。ただMOTOBOTは、現時点ではサーキットの上での運転で、信号機や横断歩道もなければ対向車や人が飛び出してくることはない。障害物があまりない、決まったコースを走る用途である。それでも、乗用車以外の領域、例えば農作業用車両や工事用車両、特定敷地内での公共交通といった分野では、使える可能性がありそうだ。