日本のスタートアップが「デジタルクローン」に挑戦

前述したが、そうやってコピーに生き続けさせることに、どれほどの意味・意義があるのか。しかもクラウドにはデータが増え続け、デジタル人格はそこに埋没していく。そこは考え方次第だろう。残された家族にとって大切、といった発想もあり得る。

一方で、自分が生存している今、自分のコピーをデジタル空間に作り出すとしたらどうだろう。こうなると活用法がいろいろと広がる。そのための技術を開発しているのがオルツだ。オルツが取り組んでいるのは「パーソナル人工知能(Parsonal Artificial Inteligence:PAI)」と呼ぶもので、Augmented EternityのプロジェクトやEternimeと同じように人間の過去の行動や思考傾向などの情報を収集し、それに基づいてデジタルクローンを作るプロジェクトだ(図2)。

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(図2)オルツは少量のデータから個人の個性を抽出するPAIモデルを構築(出所:オルツ)

ただし、オルツが目指しているのは、個人向けの「デジタル来世」の提供ではない。デジタルクローンを使えば、自分の代わりにさまざまなことをやってもらえるようになる。例えば、私たちがオフィスで行っているパターン化された「メールやメッセージ、チャットを確認して返事を書く仕事」ならば、前日までの自分の仕事の内容をすべて知っているPAIが代わりにやってくれる。

朝オフィスに着いて席に座る頃には、メールやメッセージの返信が終わっていて、その日の仕事の段取りがすべて決まっているといった具合である。報告や情報共有中心のミーティングや、単純な決めごとのための会議もPAI同士が行い、あとは内容を確認して取引相手と握手するだけになるかもしれない。オルツが目指しているのは、そんなデジタルクローンを活用するプラットフォーム作りである。

デジタルクローンが実現する未来の生活

PAIのプラットフォームは、私たちの生活の中でもいろいろと活用できそうだ。例えば、普段から自分の代わりに買い物をしてくれるPAIを考えてみる。現在、オンラインショップなどでは個人の購入履歴を解析して、その人が興味がありそうな商品や次に買いそうな商品を勧める、レコメンドエンジンが活用されている。ただレコメンドで表示する内容には、ショップ側の「これとこれを売りたい」という意思が影響している。あくまでもサプライヤー側のロジックで動いているAIだ。

一方、消費者の活動を考えると、たいていはA社のオンラインショップだけではなく、B社、C社のオンラインショップや、近所にあるスーパーマーケット、通勤途中のコンビニエンスストアで買い物することだってある。さらに、それぞれのショップにはその人が購入した商品の履歴しか残らない。その履歴を分析した結果からは、「欲しいと思っていた商品が見つかったけれど、その時の状況から買わない決断をした」、あるいは「欲しい商品がなかったため、不満を抱えつつも別の商品を購入した」といったケースがどのくらいあったかはわからない。

PAIをショッピングに活用すれば、自分が今持っているものやそれまでの買い物の傾向、買わなかったものの情報までをもAIが分析して、ネット上でさまざまなショップを監視する。そして、自分好みの商品が売り出された場合に、今でも本当に欲しいと思っているのか、似たような商品が部屋に転がっていないかなどから判断して、購入すべきものなら自動的に購入してくれる。

旅行に行きたいと思った場合でも、PAIに任せれば事前にホテルや旅館などの宿泊先から、鉄道や航空券のチケットの予約までを、自分の好みや今の仕事のスケジュールに合わせて準備してくれる。さらに観光地への訪問やレストランでの食事などについても、自分の習慣や好みに合わせてスケジュールを組んでくれている。もう、そこに行ったらすべての段取りができあがっているのだ。

デジタル来世の実現にも必要な基盤技術

オルツでは、PAIが人間と会話できるようにする研究も進めている。オルツが採用しているのは拡張固有表現抽出という手法だ。文章の中の単語を200種類ほどの項目に分類して属性を持たせ、前後の単語から意図をくみ取る(図3)。例えば、「神田は2015年に東大を卒業して、松下に入社した」という文章があったとする。この場合、まず「神田」が地名なのか人名なのか区別がつかない。その後の、「東大を卒業して」という文節で、人名であると判断できる。さらに、「松下」も「入社した」と続くことによって、人名ではなく社名だと認識できる。言葉で聞く場合は、「東大」も読みが同じ「灯台」と解釈することもあるが、前後の文脈で判断できる。

(図3)オルツが開発した対話エンジン(出所:オルツ)

人間は同じ言葉を口にする際、その時の感情によって表現の仕方や発声が違う。そのため、PAIにも話し方に表情を付けることで自然な会話を実現させようとしている。さらに、声だけでなく顔のデジタル画像でも、その人の喜びや悲しみ、怒りといった表情を表現する技術の研究を進めている。

デジタルクローンのプラットフォーム構築はブロックチェーンで

オルツは、最終的には世界中の人のPAIを作成しようとしている。そこまでの規模になると、データ容量的に1企業のサーバーでは保存できない。加えて、それらのデータに基づいてPAIに人間の思考をさせるには、膨大なコンピューティングパワーが必要になる。

オルツではその課題を、ブロックチェーンで解決しようとしている。「ブロックチェーンによる分散コンピューティングを使えば、今でも1万8000人分くらいのニューラルネットワークを作ることができる。さらに、現在ハッシュパワーが年間5倍くらいずつ上がっていると考えれば、単純計算でも2026年頃には70億人分に達する」(オルツ 取締役 CFO 中野誠二氏)。分散ストレージに保管すれば、情報の安全性も保てる。秘密キーで個人の情報にアクセスできるようにすれば、孫がおじいちゃんのデジタルクローンを再生したいといった時にも対応できる。