サイボーグ昆虫の研究で匂い探索ロボットの実現を目指す

昆虫は時々刻々と変化する環境から必要な情報を受け取りながら、適切な行動をとっている。昆虫が持つこのような適応能力をシステムの制御に応用すれば、未知の環境や障害に強いロボットが作れるだろう。そこで、昆虫の身体機能をロボットが模倣するだけでなく、昆虫の脳が持つ神経細胞(ニューロン)を模倣してロボットを制御する研究も進んでいる。

東京大学先端科学技術研究センターの神﨑亮平教授は、蛾の一種であるカイコガの脳の精密な神経回路モデルを再現し、昆虫自身が操縦するロボットや脳が作り出す信号でフェロモンを追うロボットを作った。

そもそも、昆虫の脳の容積は人間の脳の100万分の1くらいしかないにもかかわらず、何キロも離れた匂いを嗅ぎ取り、そこに向かって移動中に衝突をすることもなくまっしぐらに素早く行動する能力を持っている。例えば、オスのカイコガはメスのカイコガが出すフェロモンの匂いに反応する。オスの触角が匂いを感知すると刺激を受けた方向に直進し、匂いがなくなるとジグザグにターンを繰り返して最後には回転する。

神﨑教授は、まずカイコガの神経細胞の活動を計測して解析し、そのデータベースをもとに神経回路を組み立てて人工的な脳を製作した。一方で、カイコガが操縦する「昆虫操縦型ロボット」を試作し、人工的な脳が操縦するロボットと行動を比較する実験を行った(写真3)。

(写真3)カイコガが操縦してフェロモンの匂いにたどり着く「昆虫操縦型ロボット」(東京大学先端科学技術研究センター 生命知能システム分野 神崎研究室のホームページより引用)
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(写真3)カイコガが操縦してフェロモンの匂いにたどり着く「昆虫操縦型ロボット」(東京大学先端科学技術研究センター 生命知能システム分野 神崎研究室のホームページより引用)

昆虫操縦型ロボットに組み込まれたオスのカイコガは、メスのフェロモンの匂いを受容すると探索行動を開始し、自身の歩行運動によってボールを回転させる。そのボールの回転を光学センサーで読み取り、ロボットの運動へ変換させた。これによって、昆虫操縦型ロボットはカイコガと同様にフェロモンの匂いに向かって進んでいった。

次に神﨑教授は、カイコガの匂いセンサーである触角と脳がある頭の部分だけをロボットに載せ、身体は移動ロボットと置き換えた「昆虫脳操縦型ロボット(サイボーグ昆虫)」を作った(写真4)。サイボーグ昆虫を使った研究によって、脳で作られたどのような命令が、匂い源を探索する命令であるかが明らかになった。匂い源を探索する命令は脳内の神経回路によって作られるが、その仕組みを明らかにして神経回路モデルでロボットを動かせば、昆虫と機械が融合した匂い源探索ロボットが作れる可能性がある。

(写真4)カイコガの脳が機械の身体を操縦する「サイボーグ昆虫」(東京大学先端科学技術研究センター 生命知能システム分野 神崎研究室のホームページより引用)
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(写真4)カイコガの脳が機械の身体を操縦する「サイボーグ昆虫」(東京大学先端科学技術研究センター 生命知能システム分野 神崎研究室のホームページより引用)

野生の動物も鋭い嗅覚を持っているが、一般的に動物の脳は昆虫と比べると遙かに大きい。脳科学の分野からすると、昆虫を研究するメリットは動物と比べて脳細胞の数が圧倒的に少ないことにある。一方で、昆虫も動物も神経細胞はほとんど一緒なので、数が少ない分研究対象として最適だという。

カイコガの遺伝子はほぼわかっているので、フェロモンの匂いを感じるセンサー(遺伝子)を、遺伝子組み換えによって麻薬の匂いに反応するものに変えれば、麻薬犬ならぬ「麻薬探知ロボット」が実現でき、ガスの匂いに反応できれば「ガス検知ロボット」が実現できそうだ。