人間の脳をデジタル化する取り組みが進んでいる。脳の情報がデジタル化できれば、記憶も簡単に複製できるし、クラウド上に脳のバックアップを取っておくこともできる。デジタルアバターに脳の情報を引き継がせ、本人の死後も擬似的にネットワーク上で生き続けることも可能になるだろう。では、脳のデジタル化によって、SF映画などで描かれているように、人間が意識を持ったまま機械の体に乗り換え、永遠に生き続けることも実現できるのだろうか。
デジタル技術が進化した未来の世界を描くSF映画やドラマでは、いつの日かAIに意識が芽生え、人間が駆逐されてしまう社会が描かれることも多い。デジタル技術の進化が人間の存亡を脅かす存在になり、人類の進化を止めてしまうという未来像だ。
その一方で、デジタル技術の進化によって人間が永遠に生き続けるという、人類をさらに進化させる未来像が描かれることも多くなった。最近ドラマ化されたSF小説で描かれたのは、デジタル化された人間の意識が「メモリー・スタック」と呼ばれる小さなデバイスに記録され、肉体は「スレーブ」と呼ばれる単なる容器として扱われるというものだ。「メモリー・スタック」さえ残っていれば、寿命が尽きた「スレーブ」を次々に乗り換えて永遠に生き続けることが可能だ。
別のSFドラマでは、死ぬ直前に自身の記憶や脳のデータを全てクラウドにアップロードし、死後はVRで実現されたデジタルの世界で、アバターとして生き続ける「デジタル来世」が描かれている。
人間が持つ、死への恐怖や不老不死への憧れから生み出されたこのような空想世界は、現時点ではどこまで実現可能と考えられているのだろうか。
生前の行動や発言を記録してアバターとして生き続ける「デジタル来世」

死後もデジタル化した「自分」がアバターで生き続ける、「デジタル来世」のサービスを提供しようとする取り組みは、すでにいろいろと進められている。
その1つ、アメリカのスタートアップLukaが提供する「Replika」というサービスは、同社のCEOが自身の親友を事故で亡くしたことがきっかけで開発された。親友との間で、長年に渡って交わした何千ものSMSのメッセージを元にシステムをトレーニングし、話し方を真似てメッセージをくれるチャットボットを作った。だが、「Replika」によって作られた親友のレプリカは、思い出について語り合うことはできても、新しい話題について意見を述べ合うことはできなかったという。
現在Lukaから提供されているスマートフォン向けアプリ「Replika」は、アプリを使って会話することでデジタル空間に自分のレプリカを作ってくれるサービスで、そのレプリカは他人と会話することはできない(図1)。将来、レプリカを作ったユーザーが死亡した場合、そのレプリカが生き続けて友人などと会話できるようになるかもしれない。
本人のエージェントとして活用する「デジタル人格」
「デジタル来世」のサービスでは、デジタル化された本人にとっては、生前になにかメリットがあるわけではない。あくまでも、人格のコピーが残されるだけなので、残された家族や友人が故人と死後も会話でき、擬似的に生きているように感じさせるだけだ。
一方で、デジタル化された人格を生前に活用するサービスの開発に取り組んでいるのが、日本のオルツだ。オルツが取り組む「パーソナル人工知能(Parsonal Artificial Inteligence:PAI)」も、人間の過去の行動や思考傾向などの情報を収集し、それに基づいてデジタルクローンを作るプロジェクトだ。
だが、PAIが目指しているのは、個人向けの「デジタル来世」の提供ではない。PAIは、自分の代わりにさまざまなことをやってくれる。例えば、私たちがオフィスで行っているパターン化された「メールやメッセージ、チャットを確認して返事を書く仕事」ならば、前日までの自分の仕事の内容をすべて知っているPAIが代わりにやってくれるのだ(図2)。

さらに、PAIのプラットフォームを活用すれば、過去の購入履歴を解析して自分の代わりにオンラインで買い物をしてくれる。旅行に行きたいと思ったら、事前にホテルや旅館などの宿泊先から、鉄道や航空券のチケットの予約までを、自分の好みや今の仕事のスケジュールに合わせて準備してくれる。まさに、「デジタル人格」を持つ自分のエージェントとして活用するのだ。