人間が頭でイメージしたとおりにロボットを操作して敵と戦う。昭和の時代に描かれたコミックやアニメーションでは、そんなロボットがよく登場していた。しかし、ロボットで戦わなければならないような敵は、未だに人類の前に現れる気配がない。人間を超える身体能力と耐久性を持ち、自由に操作できるロボットの登場もまだ先になりそうだ。そもそも、脳でコントロールすることが、本当にロボットの操縦法として適しているのかについても研究段階にある。一方で、人間が脳で機械を操作するためのヒューマン・インタフェースは、さまざまな分野へ活用が進もうとしている。

脳とAIを繋げて人間を拡張するBMI

脳から発せられる電気信号などの情報を利用することで脳と機械を直接つなぐ技術は、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)と呼ばれている。BMIはすでにいろいろと研究が進んでおり、例えば筋電情報を検出して動かすロボットスーツや、人工内耳などの人工感覚器の一部としても実用化されている。一方通行で脳から機械に信号を送るだけでなく、双方向通信で機械からも脳に情報を送ってやりとりする活用法もある。

テスラやスペースXのCEOを務めるイーロン・マスク氏が2016年に設立したNeuralinkは、人の脳に微細な電極を埋め込み、その人の思考を直にAI(人工知能)システムに伝送する技術を研究している。2020年8月にNeuralinkが発表したBMIデバイス「Link」はコインサイズ(直径23ミリ、厚さ8ミリ)で、脳に埋め込んで神経細胞の活動を感知する極細の糸状の電極(人毛より細い)から収集した脳の情報を、Bluetoothで最大10メートル離れたスマートフォンに送る(写真1)。

(写真1)Neuralinkが開発した脳内埋め込み型デバイス「Link」(Neuralinkのホームページより引用)
(写真1)Neuralinkが開発した脳内埋め込み型デバイス「Link」(Neuralinkのホームページより引用)

Linkの本体には慣性計測センサーや圧力センサー、温度センサー、電磁誘導による充電で1日間持続可能なバッテリーなどが搭載される。1個あたり最大3027個の電極が接続可能で、頭蓋骨に開けた穴を塞ぐように皮膚の下に埋め込まれることが想定されている。実用化されると複数個のLinkを埋め込むことを想定しており、すでに頭蓋骨に穴を開けて電極を脳内に埋め込む手術を行うロボットも開発したと発表している。

このように、多数のニューロン(神経細胞)の活動を記録することで大量の情報を抽出しようとしているNeuralinkだが、現時点での目的は脳や脊髄の損傷または先天性障害を持つ人々の支援であり、脊髄損傷が原因で運動機能や感覚機能を失った患者を支援できる可能性があるという。

一方、長期的には脳とAIを直接繋ぐことで、障害を持つ人だけでなくより多くの人に対して、人間の能力を拡張しようとしている。例えば、スマートフォンにインストールした英語やフランス語などの翻訳アプリと脳が連携できれば、スマートフォンの画面を見ることなく外国人と会話できるようになるだろう。また、自動運転システムと脳が連携できれば、頭で考えた通りに車を操作できる。こんなふうに、アプリ次第で拡張される人間の能力は、さまざまな分野に広がっていくと考えられる。

マスク氏は「コンピューターが高度に発達した時に人類がその存在の必要性を失わないためには、自らをAIで強化しておく必要がある」との持論を展開し、AIが人類の知能を超えるシンギュラリティに備えようとしている。Neuralinkはすでに猿や豚などによる動物実験を積極的に進めており、手術ロボットで19匹の動物に糸状の電極を脳に埋め込んだ結果、87%が脳の情報収集に成功していると発表している。

脳の障害を持つ人が外部に意志を伝えるBMI

実際に人間の脳に電極を埋め込んで情報を活用するのは未知の領域であり、出血など人間への長期的な影響も解明されておらず課題が多い。一方でBMIは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難病をはじめ、脳卒中などの病気や事故の後遺症などによって身体を動かしたり話したりできなくなり、周囲に意思を伝えられない患者の介護現場への導入も期待されている。

医療の現場ですでに利用されているBMIシステムは高価で装置の装着に時間がかかったり、高精度に脳の信号を取り出して活用するために、脳に電極を埋め込むインプラントを必要とするシステムもある。皮膚を通して脳の信号を取り出すために、複数の電極が埋め込まれたヘッドギアを装着する装置もあるが、配線が複雑でケーブルが介護の邪魔になることもある。いずれにせよ、脳から取り出した信号をパソコンにインプットする装置なども含めると高価なものになる。

こうしたことが普及の足かせになり、研究に協力する少数の人たちだけがBMIを利用してきた。そのような複雑で高価な装置を使用せずに、頭に被るだけでワイヤレスでパソコンに脳内の信号が送信されるヘッドギアがあれば、もっと多くの人がBMIを活用できるようになるだろう。

産業技術総合研究所 人間情報インタラクション研究部門の長谷川良平氏が開発したBMIによる意思伝達装置「ニューロコミュニケーター」(写真2)は、3Dプリンタで作ったヘッドギアを頭に装着してワイヤレスLANやBluetoothなどでパソコンに情報を送信する。「ワイヤレスなのでケーブルが介護の邪魔になったり、長いケーブルがアンテナになって外部のノイズを拾ってしまうこともない。頭に乗せてヘルメットのようにストラップで固定するヘッドギアは軽くて通気性もよく、長時間装着していても不快感がない」(長谷川氏)。

(写真2)「ニューロコミュニケーター」のヘッドギアには携帯電話の半分ほどの大きさの脳波計(計測装置)が付けられ(左)、裏側に導電性のジェルを染みこませたスポンジを6つセットするだけで計測が可能になる(右)(写真撮影:元田光一)
(写真2)「ニューロコミュニケーター」のヘッドギアには携帯電話の半分ほどの大きさの脳波計(計測装置)が付けられ(左)、裏側に導電性のジェルを染みこませたスポンジを6つセットするだけで計測が可能になる(右)(写真撮影:元田光一)