ロボットはどこまで小さくできるのか。人間の体内で活躍するロボットとしては、カプセル内視鏡のようなものを体の外から無線制御するロボットなどが研究されている。そうしたロボットが目指しているのは、人が口から飲み込める錠剤くらいの大きさだが、電気を使ってモーターを動かすロボットだと、大きさに限界がありそうだ。そこで期待されているのが、ナノサイズで人間の体内に入って荷物を運搬する分子ロボットだ。
モータータンパク質を駆動系にしたロボット
人間の体内で活躍するロボットとしては、以前にも口から飲み込んで胃や大腸に到達してポリープを切除するなど、体内外科治療での活用に期待できるマイクロロボットを紹介した。そこには、体内でどうやってエネルギー供給するのかといった課題はあるが、そのサイズならば樹脂やシリコーンといった素材で作られたロボットを遠隔から操作することも可能だ。しかし、このくらいの大きさでは、ナノサイズのウイルスや初期のがん細胞を直接攻撃するような治療までは難しい。
そこで期待されているのが、ウイルスやがん細胞の抗体を直接患部に届ける、ナノサイズの分子ロボットだ。分子ロボットの構想自体は以前から研究されてきたが、実現に向けてはまだまだ課題が多い。その課題に挑戦している研究者の1人が、北海道大学 大学院理学研究院 准教授の角五彰氏だ(写真)。
そもそも、ロボットとはどんな機能を持っているものなのか。これまでにもさまざまな分野で活躍するロボットを紹介してきたが、それらのロボットに共通する特徴の1つが、モーターが組み込まれていること。工場で作業する産業用ロボットはもちろんのこと、厨房で活躍する料理ロボットや家庭で使われる掃除ロボットなども、大きさや外見は違えど移動したりものを掴んだりするモーターが使用されている。角五氏は「モーター」以外にも、目の役割を持つ「センサー」や情報を処理する「プロセッサー」という3つの機能を持っている機械がロボットであると語る。

そこで、まず角五氏は分子ロボットを移動させるモーターを、どうやってナノサイズで構成するのかを考えた。じつは人間は、生命を維持するために必要な物質を体内の隅々に届けるためのモーターを体の中に持っているという。人間の体には血管と同様に、神経が全身に張り巡らされているが、神経細胞の中には「微小管」と呼ばれる直径20~27ナノメートルの細い管がある。微小管は細胞活動に必要な物質を輸送するレールとしての役割も果たしており、この管の上を移動しながら、細胞が生きていくために必要な物質を体内の決められた場所へと運ぶ、「モータータンパク質」といった運び屋がいるのだ(動画1)。
角五氏は、このモータータンパク質が持つ駆動システムをモーターとして採用し、そこにプロセッサーとセンサーを組み合わせた分子ロボットの研究を進めることにした。
分子ロボットを群れで動かすことに成功
角五氏が開発した、モータータンパク質を駆動システムとした分子ロボットは、直径が25ナノメートル、全長が5マイクロメートル(髪の毛の20分の1)程度のサイズで、プロセッサーとしてDNAコンピュータを組み合わせた。DNAコンピュータは、4種類の塩基の配列を利用して論理回路を構成し、簡単な演算やプログラミングが行える。
しかし、当初は分子ロボット単体では物質を運べるほどの力を発揮できなかった。そこで考えたのが、群れによる共同作業だ。「共同作業は自然界の中では普遍的に見られる。例えば、鳥は群れることによって信じられないくらい遠くまで飛んで行けるし、魚は群れになり集団で体を大きく見せることで敵の目を欺き、アリも群れになれば自分の体の何倍もの大きな荷物が運べる。分子ロボットも、群れることで今までできなかったことが可能になる」(角五氏)。
DNAコンピュータによるプロセッサーには、群れを形成したり乖離する指示をプログラミングした。プログラムを実行する指示も、DNAによって外部から行う。当初は単体で動いていた分子ロボットに、群れになることを指示するDNAを与えてみると、その指示を認識してまるで手を取り合うように分子ロボットが寄り添い始めた(動画2)。また、分子の構造をチューニングすることで群れの形態を変えることにも成功した(動画3)。