<この記事を要約すると>

  • パワーリフティングの競技補助員は、ヘビーな重りを上げ下げする動作を繰り返し行うため腰に急激な負担がかかる
  • パナソニックでは競技補助員の負荷軽減のため、パワーアシストスーツを2017年から提供。安全性向上、大会時間の短縮、補助員のパフォーマンス向上などに寄与し、2020年本大会への提供が決定した
  • 現役のトップ選手が認めるその効果を、選手本人や関係者の言葉から探った

来年8月25日から約2週間にわたり開催される東京2020パラリンピック。2019年9月下旬、本会場となる東京国際フォーラムで世界パラ・パワーリフティング(WPPO)競技大会が開催された。この競技では、パナソニックが提供するパワーアシストスーツが活用されているという。スポーツの公式大会に馴染んだロボット技術、そのポテンシャルを選手・関係者の言葉を通して解き明かしていく。

影の主役をしっかりと支えるテクノロジー

東京2020パラリンピックで主役となるのはアスリートたちである。しかし、アスリートを支えるスタッフも大会を盛り上げる影の主役と言えるだろう。

例えば、パラリンピックにはパワーリフティングという競技がある。下肢に障がいがある選手を対象とし、台上に横たわった状態で腕や肩、胸など上半身の筋力のみを駆使しながらプレート(重り)のついたバーベルを押し上げる。競技時にはスポッターローダーと呼ばれる補助員が両脇に立ち、試技をサポートする。

重いものでは50kgもあるプレートを、スポッターローダーはしゃがんでは持ち上げ、バーベルのシャフト(横棒)に装着する作業を繰り返す。さらに試技中は緊急事態に備え、バーベルの上下動にあわせて一定の距離を保ちながら両手ですくい上げるように構えなくてはならない。パワーリフティングの試技は1人につき3回。仮に20人の選手がいれば60回、同様の動作をこなす必要がある。

東京2020パラリンピックのワールドワイドパートナーであるパナソニックでは、文字通りこの“ヘビー”な作業負担を軽減する目的でパワーアシストスーツを提供している。本スーツはもともと物流や荷物運搬の現場で広く利用されていたが、スポッターローダーの腰の動きのサポートに応用できるのではないかとひらめいたのがきっかけだ。

パワーアシストスーツが作業負担を軽減

話を持ちかけたのは、同社 東京オリンピック・パラリンピック推進本部の黒川崇裕氏。入社以来、技術者としてロボット開発に従事してきたが「2020年大会を機に、ロボットが世の中にあふれる社会になるのではないか」との期待を込めて今の部署に異動した。

「パラリンピックの現場でパワーアシストスーツを活用したいとの強い思いがありました。そこでアスリートそのものではなく、競技を支える補助員の方の負担軽減に活用できるのではないかと着想したのです。ある意味、逆転の発想でした。

日本でのパワーリフティングの認知度はまだまだです。しかし、スポッターローダーがパワーアシストスーツを活用すれば、“ロボットとスポーツの融合”という視点で格好のプレゼンテーションができます。世界で初めてロボットと共演するパワーリフティングを通じて、いよいよ日常生活にロボットが浸透してきたと実感してほしいと思います」(黒川氏)

パナソニック株式会社
東京オリンピック・パラリンピック推進本部
パラリンピック統括部 課長
黒川 崇裕氏

パナソニックの意を汲み取り、二人三脚で推進してきたのが日本パラ・パワーリフティング連盟 理事長の吉田進氏だ。SFが大好きで、つねづね「21世紀はロボットの世紀になるはず」と考えていた吉田氏は、パナソニックの申し出を前向きに受け止めた。

「あと数十年すれば人間の代替になるロボットが出てくると思いますが、あくまでスポーツは生身の人間が競い合うもの。だからこそ、何かしらの形でスポーツを支えるロボットが出てくるとの思いは直感的にありました。最初にパナソニックから提案を受けたとき、これはそのスタートだなと感じたのです。これからも上手く機械がサポートして、ある種の未来社会を見せられれば面白いですよね」(吉田氏)

日本パラ・パワーリフティング連盟
理事長
吉田 進氏

ワールド パラ・パワーリフティング ホルヘ・モレノ会長は、実践面で手応えを感じている。「パワーアシストスーツを活用することでスポッターローダーのパフォーマンスが改善され、競技そのものの全体の流れをより早く進めることができるようになります。競技の効率化に与える影響はとても大きなものです」(モレノ氏)

ワールド パラ・パワーリフティング
会長
ホルヘ・モレノ氏

パナソニックが提供を開始したのは今から2年前の2017年。以降、世界パラ・パワーリフティング(WPPO)とも協力しながらパワーアシストスーツを実際の大会で活用し、実証実験を重ねてきた。その結果、プレート着脱作業の安全性向上、作業時間減少による大会時間の短縮、補助員のパフォーマンス向上、競技者の安心感の向上といったポジティブな効果が生まれ、東京2020パラリンピックにおける提供が決定。WPPOとオフィシャルサプライヤー契約を結んだ。

採用されたパワーアシストスーツ「ATOUN MODEL Y」は腰に装着するモデル。腰の動きを角度センサーがキャッチし、モーターの力で瞬時に腰部にかかる負担を軽減する。アシスト力は最大10kgfで、アシストなし/ありの比較測定実験では上部の腰方形筋で約40%、下部の胸最長筋で約10%の負荷が軽減されたとの結果が出ている。さらに箱の運搬数の比較実験では、約20%の作業効率向上の成果が現れた。

パワーアシストスーツ「ATOUN MODEL Y」

ATOUN MODEL Yを開発する株式会社ATOUN 代表取締役社長 藤本弘道氏は「すでに500台を超える数を空港のグランドハンドリング、物流、工場分野に導入しています。どこでも好評で、リピーターが増えている状態です」と話す。とは言えスポーツ分野で活用するのはパワーリフティングが初めて。普段の作業現場とは違うだけに、得られるものも大きい。

「競技時は真剣勝負であり、スポッターローダーも失敗が許されません。そうした緊迫感の中でパワーアシストスーツが活躍していることは、我々のような技術者にとっても刺激になりますし、非常にいい機会と捉えています。これほど真剣な実証ができる場はありませんから」(藤本氏)

株式会社ATOUN
代表取締役社長
藤本 弘道氏

同社では現在、ATOUN MODEL Yに付加できる腕の補助機能パーツを開発中。2019年5月からはJALグランドサービスで実証実験を続けており、早ければ来年にも投入する予定だ。「腰だけでなく腕もサポートできれば、より幅広い展開が見込めるはず」と藤本氏。パワーリフティングからのフィードバックも参考にしながら、さらなる発展を目指す。