平日の練習時間は50分、使えるグラウンドはほぼ内野だけ。スポーツ推薦での入学はなく、部員はみな、中学時代は「普通の選手」だったという。そんな環境にもかかわらず、最速152キロの投手が育ち、注目されている野球部がある。広島県東広島市の山中にある私立武田高校だ。科学的な練習にこだわり、根拠のないメニューは一つもない。主将は「部活が楽しい」と断言する。高校野球の常識を覆す「フィジカル革命」を掲げる武田高校の挑戦とは――。

平日練習50分の環境で150キロ投手を育成

最寄りのバス停から歩いて40分という山間部にある武田高校では、生徒はスクールバスで通学するか寮生活かのどちらかしかない。スクールバスの最終便と寮の夕食が18時からと決まっているため、部活は必ず17時45分には終了しなければならない。しかも、週4日は7時間授業だから、部活のスタートは16時55分頃となる。長く練習できる金曜日でも練習時間は1時間45分が精一杯なのだ。

社会人野球や米国でのトライアウト、四国アイランドリーグでのプレー経験もある岡嵜監督。「選手たちにとって最高の50分にしてやりたい」
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「とにかく時間がないので、数をこなす、という練習方法は初めから追わない。というか追えないんです」。2015年夏から野球部を率いる、情報科教諭の岡嵜雄介監督は、そう笑う。

ノックを何本も受ける、投手なら投げ込む、打者ならティー打撃やフリー打撃を何本も続ける。そんな普通の練習には時間が足りなさすぎる環境で、どうしたら勝てるのか。岡嵜監督の出した答えは、とてもシンプルで画期的だった。

「全員が140キロの球を投げ、ホームランを打てるチームになればいい」

夢物語と笑うなかれ。岡嵜監督はジュニア・アスリートフードマイスターの資格も持つ。とにかく「食べろ」という指導ではなく、栄養学に基づくバランスのとれた食事と効果的なサプリメントの摂取を推奨する。選手の体づくりからスタートした結果、今やチームの平均体重は79.5㎏で県内トップ。レギュラーだと80.2㎏にもなる。2017年夏の甲子園で準優勝した広陵高校ですら、チーム平均は73㎏だったというから、高校生の体としてはかなり大きい。確かに選手はみな、ラグビー選手のようにがっしりした体つきだ。

ウエイトの重さはパワーにつながる。メジャーリーガーのようなスイングで、チームの通算本塁打は昨秋以降、150本を超え、通算30本以上の打者も2人いるという。球速については、プロ球団のスカウトが注目する最速152キロの右腕・谷岡楓太投手ばかりがクローズアップされがちだが、3年連続で140キロを超える選手が数人出ている。入部時より20キロ以上球速をアップさせている選手も多いそうだ。

ボックスジャンプ。10回連続3セットできれば目標クリア
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部員が手作りした雲梯。肩の可動域を広げる練習になるという
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タイヤをハンマーでたたく練習は、打撃の強化にもつながる。全身が正しく使えているといい音が出る
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武田高校の練習は、ユニークだ。見慣れない器具も多い。いつ練習が始まったのかさえわからない雰囲気の中、数人ずつ高さ1メートルを超える箱に連続で飛び乗ったり、大きなタイヤをハンマーでたたいたり……。ゴロをさばいた後の送球をスピードガンで計測し「136キロ」「よっしゃあ」と何度も挑戦しているグループもいる。体はきつそうだが、部員同士でアドバイスし合って笑顔も多い。

一見、何の部活かわからなくなるほどだが、すべて野球で使う筋肉のパフォーマンスを上げるための練習だという。「こうすれば140キロを投げられるようになる」というフィジカルデータの基準を数値で示し、その数値に向かって一人ひとりが自主的に鍛える方法なのだ。

野球の動きに沿った科学的なトレーニング

トレーニングは、野球専門のトレーナーハウスを運営する高島誠トレーナーが監修し、すべて科学的に考え抜かれたメニューとなっている。例えば、普通の腕立て伏せ、腹筋、ウエイトトレーニングは逆にボディバランスを崩すといい、腕立て伏せやウエイトトレーニングは野球の体の使い方に沿って腕を回転させながら行う。股割りやブリッジなど股関節の柔軟性や胸郭の可動域を広げるトレーニングを重視するのは、けがをしない投球フォームに必要だからだ。根性論的な、なぜやっているのかわからない練習は一つもない。

部室の壁面には、目標とする『140キロライン』の数値や練習への向き合い方を示す言葉が張られていた
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身長、体重、体脂肪のほか、立ち幅跳び、三段跳び、ベンチプレスなど20項目以上のフィジカルデータを部員全員が月2回測定する。測定したデータは、部員全員が見ることができるようWEBで共有。50m走、27m走、10m走のタイムはストップウオッチではなく専用の測定機器で正確に測るなど、疑いも言い訳も許さない「数値」を目標にすることで、選手自身が自分の成長や課題を実感でき、努力の方向性も明確になるという。

岡嵜監督は「数値はある意味残酷ですが、正しくトレーニングすれば、どんな子でも140キロは絶対に出せる。一人ひとりに合った頑張り方を教えるのが我々指導者の役割だと思っています」と語る。

谷岡投手は、中学時代は軟式のクラブチームで控え投手だった。入学して2カ月間、ボールを投げさせてもらえず、ひたすら股割りの練習を繰り返していたという。「クリアできない練習があると、できるまでずっと続ける子。一番練習してきたのが彼で良かった」と岡嵜監督。チームが目標とするさまざまな数値をほぼクリアしている谷岡投手は、プロのスカウトから「一級品の素材。まだまだ伸びしろを感じる」と絶賛されるまでに成長した。

試験期間明け、2週間ぶりの実戦となる練習試合で、驚いたことがある。先発前のブルペンで谷岡投手が、小さなアメリカンフットボールのボールを何度も投げていた。聞けば、スラッターという新しい球種を投げる時に、このボールで指先の感覚を確かめるのだという。試合後「今日の収穫はスラッターが140キロを超えたこと」と笑顔を見せた谷岡投手。勝ち負けを超越し、自分の可能性を追求することが楽しくて仕方ないという笑顔だった。

最速152キロの右腕・谷岡投手
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投球の練習用には、通常より重さや大きさを変えたボールを何種類もそろえている。「谷岡は試合中にも、今日はコントロールが悪いから小さい球で修正して、といったことをやっています。これは3年間の積み重ね。140キロを出せるラインまで体をつくったら、だいたい自分の投げ方の特性やボールの違いの感覚がわかってきます。そういう感覚と球速のアップは連動するように思います」(岡嵜監督)

ボールについては、選手が自分から興味を持つまで指導者からは伝えない。岡嵜監督が目指しているのは、やらされる練習ではなく、選手が自分から求める練習なのだ。