全国で広域的なサイクリングロードを整備する動きが加速している。和歌山から千葉まで太平洋岸を走る約1400㎞のサイクリングロード「太平洋岸自転車道」の整備が昨年末から本格化し、九州各県と山口県は連携して九州一周の「ツール・ド・九州」(仮称)の開催を目指して動き出した。「四国一周CHALLENGE1,000㎞プロジェクト」は、既に登録者が約2400人(完走者750人)に上る。インバウンド需要を拡大するためのサイクルツーリズム。その可能性を、国内で最も成功している「しまなみ海道サイクリングロード」で探った。

瀬戸内の絶景を走る爽快感 誰もが楽しめる環境へ

サイクルツーリズムを盛り上げる動きが広がる背景には、これまで自動車優先だった政府の方針転換がある。2017年5月に自転車活用推進法を施行し、交通体系における自転車の役割の拡大やサイクリング環境の整備に向けた取り組みに本腰を入れ始めたのだ。その一環として、国が世界に向けてPRする「ナショナルサイクルルート」に、まずは「つくば霞ヶ浦りんりんロード」(茨城県、176㎞)、「ビワイチ」(滋賀県、193㎞)、「しまなみ海道サイクリングロード」(広島県、愛媛県、70㎞)を指定した。

この流れを加速させたのは、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」の成功だ。瀬戸内海に浮かぶ島々を9つの橋でつなぐサイクリングロードは、8つの橋で自動車道と分離された自転車・歩行者道を走る。瀬戸内の絶景を眼下に、天空を走行するかのような爽快感は海外からも評価が高く、年間約33万人(2018年度、しまなみジャパン推計)の国内外のサイクリストで賑わう。

しまなみ海道サイクリングロード。推奨ルートにはブルーラインが引かれている(写真提供:愛媛県)

1975年から順次着工した橋は、島の住民の生活道路として、当初の計画から自転車・歩行道が備わっていた。しかし、現在の活況はその恵まれたインフラの恩恵だけではない。子どもから年配者まで、誰でも気軽にサイクリングを楽しめる環境整備の成果であることが、実際に走ってみてよくわかった。

今治~尾道間の推奨ルートには路面にブルーラインが引かれているため、ブルーラインに沿って走れば地図を見なくても目的地にたどり着ける。1㎞ごとに距離が示されているのも安心だ。全く初めて行ったにもかかわらず、今治駅前から今治市内を抜ける時も迷うことなく、周りの景色を楽しみ、ペダルをこぐことに集中できた。

一部の車種を除き、区間内のすべてのターミナルで乗り捨てができる公共のレンタサイクルも充実している。フェリーやバスを組み合わせれば、体力に応じて自由にルートを設定でき、短時間だけサイクリングを楽しむことも可能だ。

2018年度は7月の西日本豪雨の影響でレンタサイクルの数も減少したが、2019年度は2017年度並みに回復する見込みだ(データ提供:愛媛県)

「訪れるのは、本格的にロングライドを楽しむサイクリストばかりではありません。海外からのバックパッカーやお遍路で来た方など『しまなみだから自転車に乗ってみたい』という方がとても多いですね」と、今治市を拠点に活動する特定非営利活動法人「シクロツーリズムしまなみ」代表理事の山本優子さんは語る。

シクロツーリズムしまなみは愛媛県と連携し、サイクリング中に気軽に立ち寄り、休憩ができる「サイクルオアシス」の整備や、トラブルが起きた時の「島走レスキュー」、ガイドツアーやサイクリストが集う宿泊施設の運営などを行っている。「サイクルオアシス」は地元の民宿や温泉施設、飲食店、ガソリンスタンドなどが提供するもので、空気入れの貸し出しや給水、トイレの利用ができる。“おもてなしの場”として、尾道市も含め170カ所以上にも広がる。

「車に比べてゆっくりと行程を楽しめる自転車は、さまざまな気づきがあり、人との出会いが多くなることも魅力です。自転車仲間や地域の方との出会い、交流に感動して帰る方の話もよく聞きますし、逆に『皆さん本当に楽しそうなので、自分も自転車を始めました』というサイクルオアシスのオーナーも出てきています」と山本さん。

“おもてなしの場”として気軽に立ち寄ることができるサイクルオアシスは、交流の場にもなっている(写真提供:シクロツーリズムしまなみ)

観光客の増加は地域活性化にもつながり、過疎化に悩む島にも企業の投資や移住者が少しずつ増えているという。しまなみ海道が結ぶ島の中で最大の大三島では、移住者がカフェやパン屋、ブリュワリーなどを開業。廃校した木造小学校をリノベーションした宿泊施設なども整備されてきた。滞在型の観光地としての魅力が増すことで、さらに観光客を呼ぶ好循環が生まれている。

健康、生きがい、友情づくり…生活の質も高める自転車活用を目指す

「しまなみ海道をサイクリストの聖地へ」という目標を掲げ、ブームを牽引してきたのは愛媛県だ。2010年に就任した中村時広知事が広島県、今治市、尾道市と連携して積極的に環境整備や観光客誘致を推進。2014年には日本で唯一、高速道路を開放して行われる国際大会「サイクリングしまなみ」を開催し、海外31の国・地域の525人を含む7281人を集めて、国内外での知名度を押し上げた。

大会開催時のエピソードが熱い。国交省からは「高速道路の閉鎖は3時間だけ。1分でも遅れたら、二度と開催できない」ことを条件に許可されたため、職員総出でカラーコーンの撤去の練習などを繰り返し、結果2時間59分56秒で終了することができたという。以後2年ごとに約3500人規模と約7000人規模の大会を交互に開催することで継続している。

高速道路を開放して行われた「サイクリングしまなみ2014」(写真提供:愛媛県)
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四国一周の推奨ルートを示す、路面のブルーラインによるピクト案内(写真撮影:筆者)

愛媛県が先進的なのは、観光振興にとどまらず、「県全体をサイクリングパラダイスへ」「シェア・ザ・ロードの精神に基づく自転車の安全利用」という目標も同時に推進してきたことだろう。

しまなみ海道以外にも県内全域に初心者・ファミリー向けから中上級者向けまで計27のサイクリングコースを設け、すべてのコースにドライバーへの注意喚起の意味も込めてブルーラインを引くなど、しまなみ海道と同様の環境整備を展開した。トンネルの側面にはライトの反射でサイクリストが浮かび上がる内装板を設置するなどの安全対策も施した。

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愛媛県企画振興部自転車新文化推進課の河上芳一課長(写真撮影:筆者)

同県企画振興部自転車新文化推進課の河上芳一課長は「交流人口の増加は、やはり外から来られる方が、地元のおもてなしの気持ちや地元の人たちとの交流を楽しんだことが思い出に残り、それでまた来てくれるという繰り返しの結果だと思います。そのためには、まず県民の皆さんが自転車を楽しみ、生活の質も自転車で向上していくような土壌が大切だと考えています」と説明する。

中村知事は台湾の世界的な自転車メーカーGIANTの創業者、劉金標氏から、自転車を単なる移動手段としてだけでなく、観光振興、健康や生きがい、友情づくり、CO2削減などさまざまな行政課題に活用する考え方を学んだという。

今や中村知事のトップダウンにより、自転車新文化推進課だけでなく、自転車通勤者の普及拡大を担う環境政策課など県庁内の14ものセクションが自転車に関連する施策を行う。また、県内企業を巻き込み「オール愛媛」で自転車による地域活性化に取り組んでいるのも強みだ。