新型コロナウイルスのパンデミックは、もはや生活のあらゆるシーンに計り知れない影響を与えている。プロスポーツ業界もまた観客数に制限がかかり、試合観戦の体験がこれまでと大きく変わってしまった。今まさに岐路に立たされているプロスポーツは、どのようにしてリモートで試合観戦を盛り上げようとしているのか。応援を選手に届けるための新しいデバイスやサービスの開発も進むなど、さまざまな形で変革が訪れようとしている。

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の解除後、プロ野球とJリーグはともに無観客試合からスタートし、7月10日以降に観客を入れ始めた。その上限は今のところ5000人が目安。スタンドをファンやサポーターで埋めることはできず、これまでと同じように大歓声でチームを応援することもままならない。こうした制限のある状況は他のプロスポーツでも変わらない。しかし、それでもスポーツ観戦を楽しみ、試合を盛り上げるため、各チームやさまざまな企業が手を組み、試行錯誤をしながら新しい観戦スタイルやサービスを打ち出している。

新しいリモート観戦・応援システムが続々と登場

プロ野球球団の千葉ロッテマリーンズが試験的に導入を開始したのは、ヤマハが開発したリモート応援システム「Remote Cheerer powered by SoundUD」だ。これはスマートフォンを利用したサービスで、専用アプリからパターン登録された“拍手”や“声援”などのボタンをタップすると、スタジアムや競技場のスピーカーからタップした音声が流れる仕組みになっている。マイクを使って吹き込んだ自分の声援を流すことも可能だ。

福岡ソフトバンクホークスは公式戦のVR映像配信サービス『VR SQUARE』を展開。本拠地の福岡PayPayドームに4台の専用カメラが設置し、ファンはVRゴーグルをかけることで、自宅にいながらにして臨場感のある立体映像で試合観戦を楽しむことができる。一方、北海道日本ハムファイターズは観客席に設置したロボットを使ったリモート観戦「Future Box Seatβ」の実証実験を始めた。ロボット頭部のカメラを360度動かすことで、好きなアングルでの観戦が可能になる。さらにロボットを通して応援の拍手を送ることもできる。

サッカー・Jリーグ球団のヴィッセル神戸や名古屋グランパス、松本山雅FCは、アウェーの試合会場に遠征できない地元サポーターが自家用車に乗ったまま大型スクリーンとラジオ中継で試合を観戦できる「ドライブインパブリックビューイング」を開催している。サポーターたちは試合の展開に応じて一斉にライトを点滅させるなど、ドライブインならではの方法で応援を盛り上げていたという。

自宅で現地気分を再現できるようスタジアム・グルメのデリバリーサービスを始めたスタジアムも多い。このように、さまざまなかたちで試合会場に行かずとも観戦を楽しむための模索が始まっている。

そんな中、リモート観戦における“新たな応援スタイル”を提案するデバイスも登場した。パナソニックの「Aug Lab」が開発を進めている『CHEERPHONE』(チアホン)だ(「Aug Lab」は、ロボティクス技術などのテクノロジーの活用で人やくらしがより豊かになる「Well-being」な社会の実現を目指して立ちあげた組織)。

チアホンは親機と子機のセットで構成されていて、親機にはマイク、子機にはスピーカーと発光LEDを搭載。親機のマイクに向かって言葉を発すると、その入力された音声が、遠く離れた子機に届けられて、発光しながら再生される仕組みになっている。つまり、自宅で試合を観戦する人が親機を持ち、実際に試合会場に行く人に子機を託せば、自宅からの応援、声援をリアルタイムで会場に届けることができるのだ。

チアホン(写真提供:パナソニック、特記なき写真は以下同じ)
チアホンの使い方。会場に行けないファンは、観戦に行く人に子機を託す(資料:パナソニック)
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使い方はシンプルだ。試合に観戦に行くサポーターが観戦する日をアプリにエントリーする。一方、子機を託したい人はアプリで相手を探す。アプリ上でマッチングする仕組みになっているのだ。観戦する人はマッチングした相手の子機を持って会場で応援。子機の持ち主は、自宅から応援の声を会場に届ける。試合が終われば、また子機を持ち主に戻すことになる。チアホンはプロトタイプを制作し、受容評価などを重ねながら開発を進めている(製品化の時期は未定)。

想定される利用シーン
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New normal 時代のスポーツ観戦とWell-being

2020年7月29日、「Aug Lab」は「New normal 時代のスポーツ観戦におけるWell-beingとは」と題して、チアホンを紹介するオンライン・パネルディスカッションを開催した。かつて日本代表も務めた元プロサッカー選手・播戸竜二氏、予防医学研究者の石川善樹氏のほか、「Aug Lab」から持田登尚雄氏、木村文香氏が登壇し、オンラインで約330名の観客が参加した。

オンライン・パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションは「Aug Lab」木村氏の司会で進行。木村氏はイベント名にも入っている“Well-being”を「身体的、精神的、社会的、すべてが満たされた状態」と説明し、これが「Aug Lab」における開発の重要なテーマであると話した。石川氏は「スポーツファンはこのWell-beingが高い」とするアメリカの研究者の知見を紹介。Well-beingを高めるのは、応援しているチームの勝利ではなく、コミュニティに所属しているという帰属感に由来すると話した。スポーツファンになって特定のチームを皆で応援することを通じて「世代を超えた交流」「感情の表出」「成長・成功の追体験」を可能にし、これらが日常生活でもWell-beingを高めることにつながるという。

播戸氏は無観客のリモートマッチの解説を担当した経験から、応援の重要性を次のように語った。

「無観客試合は選手たちもすごくやりづらそうでした。自分のプレーに対する反応がないのは本当にきついはずです。現在は5000人の観客が入れるようになり、応援も拍手だけではありますが、それでも選手のやる気が無観客のときとは比べ物にならないくらい上がっていたのは見るだけでわかりました。やっぱり応援の力は大きいなと感じましたね」

「Aug Lab」持田氏も応援の影響力について、ホーム戦とアウェー戦で勝率が約15%も変わり、応援によってアスリートの運動能力が最大20%も高くなるという研究を紹介。「チアホン」は応援の新しいスタイルを提案するものだと話す。もともと「チアホン」はアウェー戦など、“サポーターが応援しに行きたくても行けない試合”で応援を届ける方法はないか、という発想から開発が始まったという。

「インスピレーションを受けたのは、江戸時代の文化であるお伊勢参りの“お伊勢講”です。当時のお伊勢参りはそう簡単にできるものではありませんでした。そこで、皆でお金を出し合い、ひとりの代表者だけが伊勢神宮まで行く。そのときに伊勢神宮まで行けない人たちは代表者に御札を託して一緒にお参りをしてもらっていたのですね。その御札が“子機を託す”という発想のヒントになりました」(持田氏)

さらに、これからのNew normal時代のスポーツ観戦において「チアホン」を応援に用いることで、人の感性や感覚の次の4つのポイントを拡張できるのではないかと考えていると持田氏は話した。

①共在感覚
 ②コミュニティ感覚
 ③一体感
 ④熱狂感

「距離を超えて声、そして想いを届けることと、人と人のつながりを新たに作っていく。そんなことを実現する応援のかたちを提案したいと考えています」(持田氏)