「競合は靴ではない」というもう1つのブレークスルー

もう1つのブレークスルーはマーケティングにある。

アシックスはエボライドオルフェの発売に当たって、クラウドファンディングによるマーケティングを選択した。大手のマクアケを利用して、「既存のファンだけでなく、アシックスの新しい顧客に新しい価値を届けたいと考えた」(アシックスの猪股主任研究員)。

もっともマクアケは現在、「クラウドファンディング」という用語を意識的に用いていない。プロジェクトを実行する企業などの思いやこだわりに共感して応援の気持ちを込めて購入する行為を指す「応援購入」をうたっている。老舗メーカーであるアシックスがデジタルの力を使って新しい価値を紡ごうとするエボライドオルフェは、応援購入という文脈に合うプロジェクトといえるだろう。

マクアケがプロジェクトに加わったのは20年2月。既に製品はほぼ完成しており、同社に期待されたのは、新しい価値の言語化だった。担当者であるMakuake Incubation Studioの小堀弘樹チーフプロデューサーはこう語る。「歴史をひもといて、『アシックスらしさ』を探索し、その後で2社へのヒアリングなどを基に、価値の整理をしていった」

3社で議論したエボライドオルフェの効用は「正しい走り方を1人で習得でき、楽に長く走れることで目標達成ができる」。つまり、センサーから得たフィードバックを受けることがそのまま価値になるのではなく、そのフィードバックに基づいて「正しい走り方を習得できる」という点にスポットを当てた。単なる靴として販売するのではない、という着眼が2つ目のブレークスルーだった。

この効用から、3社は次のキャッチコピーを編み出した。

「シューズが、コーチになる。」

競合は他のシューズではなく、フィットネスジムやパーソナルトレーナーと位置付けた。マクアケでの販売価格はセンサー付きセットが3万1500円(税込み、ただし個数限定の特別価格で10月16日時点で受け付けは終了している)。ランニング用としては高価だが、「価値をきちんと整理してベネフィットを訴求すれば勝ち筋が見えてくると考えた」(マクアケの小堀氏)。

20年7月にマクアケでのプロジェクトを開始し、10月15日時点で3836万円が集まった。同社の「シューズカテゴリー」では過去最高のファンディング総額となる。プロジェクト終了の10月18日までに、どこまで金額を伸ばせるかに注目が集まる。

3000万円を超える総額について、アシックスの猪股氏は「思った以上に反響が大きかった。コンセプトがある程度は受け入れられた証しだと思う」と語る。マクアケのWebサイト上には「アシックスがこういうチャレンジをしてくれるのがうれしい」といったコメントが幾つも並ぶ。老舗が率先してデジタルによる新しい価値を作ろうとする挑戦は現時点で好意的に受け止められているようだ。

アシックスは現在、他のランニングシューズに対してもセンサーを載せるなど、新たな展開を検討中だ。同社の猪股氏は「個人的には競技者だけでなく、一般の方に対しても大きな効用があると考えている。自分の歩き方のフォームを改善するといった『健康領域』に向けると、スマートシューズには大きな市場が広がっている」と先を見据えている。

この記事は、日経 xTECH(クロステック)の「スポーツイノベーターズ」に掲載したものの転載です(本稿の初出:2020年10月16日)。