ソファに座って立ち上がる。階段を上る。障害物をまたぐ──。例えば、義足ユーザーには、些細な日常の動作が実は難しいことをご存じだろうか。そんな日常の障壁をロボット工学など最先端の技術で克服しようと始まった、全く新しい競技大会がある。障害のある人と義足などのアシスト技術開発者がチームを組み、日々の生活に必要な動作のスムーズさとスピードを競う「サイバスロン」だ。スイス発の新競技に挑むチームを取材した。

日常の動作のスムーズさとスピードが勝負

「技術と競技者の身体能力の両方を問うサイバスロンは技術開発者として非常に面白く、モチベーションが上がります」。昨年11月に行われた第2回大会のパワード義足レースで4位に入賞した、東京大学発のベンチャー企業BionicM代表取締役社長の孫小軍氏は、サイバスロンの魅力についてそう語る。

BionicM代表取締役社長の孫小軍氏。9歳の時に病気のため右足を切断し、15年間松葉杖の生活を送る。2009年、交換留学生として来日後、義足の補助制度を利用して初めて義足を装着した。東京大学修士課程修了後、ソニーに入社。より使いやすい義足の開発を目指し、同大学博士課程でロボット義足の研究に従事。2018年、「全ての人々のモビリティにパワーをもたらす」を理念にBionicMを創業。研究成果を活用し、ユーザーの動きを動力でアシストする義足の事業化を目指している(写真提供:同社)

サイバスロンは、パイロット(操縦者)と呼ばれる障害を持つ選手が、ロボット工学など最先端の技術を結集したアシスト義肢装具を利用して競技する。動力を持つ義肢装具が使えないパラリンピックとは異なり、サイバスロンではどんな技術を使っても構わない。種目は6つ。義足、義手、車いす、外骨格スーツのほか、麻痺した筋肉に電流を流し収縮させることでペダルを漕ぐ自転車レース、脳波でビデオゲーム上のアバターを走らせるBCI(脳コンピューターインターフェイス)レースがある。

BCIレースの狙いが、四肢麻痺の人が車いすなどを自ら制御するための技術を向上させることにあるように、サイバスロンの第一の目的は、障害のある人の日常生活をより快適にすることだ。このため、例えば義足レースなら、両手にカップアンドソーサーを持ってソファに座り立ち上がる、幅の狭い1本橋を片手にバケツを持って往復する、3つの段ボール箱とサッカーボール、ラグビーボール、バスケットボールを、階段を上り下りして運ぶといった、日常の動作を想定したタスクが設けられ、タスク達成によるポイントとタイムで競われる。物を持つのは、大きく身体を傾けたりバランスを崩したりすることなく動けることを求めているからだ。

パラリンピックで義足の選手が高速で走ったり跳躍したりする姿からすれば、一見、簡単なタスクに感じられる。しかし、実はこれらの動作は一般的な義足では難しいものばかりだという。

自らも義足ユーザーである孫氏は「現在、日常で使う義足は独自動力を持たない受動式が非常に多く、能動的にひざを曲げたり伸ばしたりすることはできません。義足で体重を押し上げることができないため、健足を支えに義足を引っ張り上げて動かすしかなく、日常の些細な動作にも困難が伴います」と話す。

例えば、階段。両足で交互に上ることは難しく、健足で1段上り、義足を同じ段に引っ張り上げて、1段ずつ上る。下りも同様だが、義足は少しでも膝が折れると体重を支えられないため、転倒の危険が常に伴う。ソファからの立ち上がりや、かがんで物を取る動作も健足の力のみで行うため、筋力が弱い高齢者などには非常に難しい。歩くだけでも健足に大きな負担がかかるため疲れがたまりやすく、腰などに二次障害が起きてしまうこともあるそうだ。こうした現状の課題を解決する技術は進んでおらず、サイバスロンが日常の動作を重視する背景も、孫氏が動力を持つパワード義足の実用化のために起業した理由もそこにある。

サイバスロンの義足レースで荷物を持った状態で左右交互にスムーズに階段を上る、選手の樋口健太郎氏。足の動きよりも、段ボール箱などをバランス良く持つほうが難しかったという。樋口氏は2017年9月にオートバイ事故で右足を大腿部から切断。もともとトレーナーとして活動していたこともあり、東京パラリンピック出場を目指してパラパワーリフティング競技を始めた。同年12月、入院先から出場した全日本選手で初優勝。男子72㎏級日本記録保持者。義足の認知を広めるため、講演活動も積極的に行う。現在、日本体育大学大学院に在学し、義足の動作分析の研究を行っている(写真提供:BionicM ©Takao Ochi/Kanpara Press)

今大会ではそれぞれのタスクが難しい動作であることを感じさせないほどに、スピードを争うレースとなった。サイバスロンの本来の趣旨からは少し外れるが、義足の性能より選手の身体能力でタスクをクリアしていくチームが多い中、BionicMチームは両方の足に均等に体重をかけて進む「普通」の動きにこだわった。

同社が開発する義足は、動力による動作サポートを自動で行う。義足にはさまざまなセンサーが搭載され、体重のかかり具合や傾き、加速の度合いなどをセンシングする。装着者が今どういう動きをしているか、次にどういう動きをしたいのかを義足自体が瞬時に判断し、モーターを制御して装着者の動作を補強する動きをしてくれる。義足も体重を押し上げる力を出すため、階段を左右の足で交互に上ることなどもでき、安全で疲れにくい。

同チームは1位のチームより1分以上遅れてゴールしたものの、一つひとつのタスクは最もきれいな動きだと評価されたという。パイロットを務めた、パラウエートリフティングの選手である樋口健太郎氏は「正直言って今回のタスクは、通常の義足のほうが早く行ける。でも勝ち負けより、他のチームにできない動きを見せられればいいとチームで話していました。他の選手が義足を外側から回して避けていた障害物をきちんとまたいで進んだり、段ボールとボールを全部まとめて持って階段を上り下りしたり、人間に一番近い動きを世界に見せられたことは良かったと思います」と振り返る。

障害物を越えるパワード義足の滑らかな動きに注目が集まった。手に持つりんごはイミテーションでとても軽いため、より難しいタスクになっている(写真提供:BionicM ©Takao Ochi/Kanpara Press)