フィジカルデータを可視化してトレーニングに応用したり、コンディショニングに生かしたりすることはプロスポーツの現場では当たり前になっているが、ことメンタルにおいてはデータの可視化や取得、管理は難しく、これまでは感覚に頼るしかなかった。しかし近年のテクノロジーの発達によって、メンタルデータの取得・可視化の道が開けてきている。その先鞭(せんべん)をつけようとしているのが、J2・ファジアーノ岡山のフィジカルコーチである奥村拓真氏と、メンタルトレーナーの伴元裕氏、そして両者を結びつけたアクセラレーションプログラム「SPORTS TECH TOKYO」を推進する白石幸平氏だ。彼らは、リアルタイムで心身のコンディションを把握することができる「Omegawave」というデバイスを活用し、メンタルデータの可視化とそれを基にしたトレーニングを行い、アスリートのメンタルを改善することに成功したという。2021年1月30日に開催された「スポーツアナリティクスジャパン2021」にこの三者が登壇。実証実験で得られた知見を通じて、これからのメンタルトレーニングの在り方について議論が交わされた。

集中状況を可視化する「Omegawave」

そもそもメンタルトレーニングとは、状況や出来事などの「環境要因」に対する「個人の反応(認知、行動、感情、身体)」を強化することで心身を望ましい状態に近づけ、本来持っている実力を発揮できるようにするためのトレーニングだ。サッカーでいえば、ペナルティーキックという環境要因に直面した選手が「これを決めなければならない」と緊張や不安を認知し、それに伴って心拍数の上昇や筋肉のこわばりなどの身体的反応を起こした結果、普段では考えられないようなミスキックでPKを外してしまうことがある。これがいわゆる「メンタルによるミスの誘発」だ。

こうした事態を回避して理想的な心身状態を作り上げるためにメンタルトレーニングが必要となるが、「認知」や「感情」といった個人の反応は可視化が難しく、選手の主観や感覚以上に頼りになるものがなかったことが、これまでのメンタル領域における大きな課題だった。しかしその解決に一役買うと考えられているのが、脳波と心拍変動を4分間測定することで、その選手がどれだけ集中しているかを可視化できる「Omegawave(オメガウェーブ)」というデバイスだ。

フィンランドのOmegawaveが開発した「Omegawave」。額と胸に装着して4分間安静にしながら脳波と心拍変動を測定することで、集中の状況などメンタルデータを可視化する
フィンランドのOmegawaveが開発した「Omegawave」。額と胸に装着して4分間安静にしながら脳波と心拍変動を測定することで、集中の状況などメンタルデータを可視化する
(画像:SAJ)
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フィンランドのOmegawaveが開発したこのデバイスは、既に世界中のプロスポーツクラブで活用されているが、これまではコンディショニング管理に活用されるものがほとんどだったという。そのような中で伴氏と奥村氏は、ファジアーノ岡山のアカデミー世代の選手たちを対象にオメガウェーブを活用し、メンタル面の改善という世界的にもまれな事例に取り組んでいった。

「アカデミーの選手たちは精神的に成熟しきっていない年齢ということもあり、試合で本来のパフォーマンスを発揮できないところがありました。特に我々は地方クラブなので、大舞台でのプレー経験や競争の少なさも影響を及ぼしていたと思います。もちろん指導者たちも以前から選手たちのメンタル面の改善には取り組んでいましたが、個々のパーソナリティーに依存する問題と考えていたため、うまくアプローチができていなかったのが実際です」(奥村氏)

ファジアーノに限らず、本番で実力を発揮できなかったり、練習ではできていたことが試合ではできなくなったりするというのは、世界中のアスリートやスポーツクラブが抱える悩みだ。そのようにパフォーマンスにむらが出てしまうのは「集中が途切れてしまったり、感情のコントロールがうまくできなかったりすることが大きな要因」であるため、このプロジェクトでは、オメガウェーブを通じて集中力の向上と感情のコントロール、緊張の水準を理解することに取り組んでいった。

「人間の意識は色々なところに向いてしまうもので、そうなると集中が途切れてしまいます。試合でいいパフォーマンスを発揮するためには、果たすべきタスクを設定し、自分がやるべき役割に没頭する状態をつくることが大切になります。また、ストレスや緊張という言葉は悪いものとして捉えられがちですが、実はこれらは低す過ぎも駄目で、程よいストレスや緊張が必要になります。オメガウェーブを通じて自分にぴったりな緊張の水準を探っていこうと、選手たちには話しました」(伴氏)

モデレーターを務めた白石幸平氏(電通(SPORTS TECH TOKYO)ビジネス・クリエーター、左上)、メンタルトレーナーの伴元裕氏(NPO法人Compassion 代表理事、右上)、ファジアーノ岡山の奥村拓真氏(下)
モデレーターを務めた白石幸平氏(電通(SPORTS TECH TOKYO)ビジネス・クリエーター、左上)、メンタルトレーナーの伴元裕氏(NPO法人Compassion 代表理事、右上)、ファジアーノ岡山の奥村拓真氏(下)
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