相手の出方を読んで、その裏をかく──対戦型スポーツの醍醐味といえば、相手との駆け引きだろう。そんな心理戦もできるスポーツロボットの開発が、AI(人工知能)やセンシング技術の発達により夢物語ではなくなってきた。スポーツロボット研究者の田中一敏氏が目指すのは、まさにヒトと駆け引きしながらスポーツを一緒に楽しめるロボットだ。これまでに、古武術の達人の技を繰り出すロボットや、バレーボールのフライングレシーブをするヒト型ロボットなどを作ってきた田中氏に、スポーツロボットの未来を語ってもらった。

駆け引きする卓球ロボット 「接待」できる機能を目指す

──現在の研究について教えてください。

ヒト型で素早く動く卓球ロボットを作るための技術開発とともに、今はもう少し簡単な、卓球台の上を動き回って対戦する小型のロボットを作ろうとしています。できれば、1万円くらいで手軽に買える、おもちゃのようなロボットを作りたい。ドローンのように、世界中で多くの人が使うことによってスポーツロボットの研究開発が進むようなプラットフォームになればと考えています。

田中一敏氏(写真は開発中のカーボンファイバー製卓球ロボット:田中氏提供)。2017年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。同研究科特任研究員を経て、2019年4月からオムロンサイニックエックス株式会社シニアリサーチャー。現在は、工業用組み立てロボットのAI化などを担当しつつ、業務時間の20%を自由に使える「20%ルール」を使い、スポーツするヒト型ロボットのための設計法、制御法、行動計画について研究している。2018年日本ロボット学会研究奨励賞受賞
田中一敏氏(写真は開発中のカーボンファイバー製卓球ロボット:田中氏提供)。2017年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。同研究科特任研究員を経て、2019年4月からオムロンサイニックエックス株式会社シニアリサーチャー。現在は、工業用組み立てロボットのAI化などを担当しつつ、業務時間の20%を自由に使える「20%ルール」を使い、スポーツするヒト型ロボットのための設計法、制御法、行動計画について研究している。2018年日本ロボット学会研究奨励賞受賞

目指しているのは、ただ打ち返すだけではなく、駆け引きができるロボットの開発です。この研究は、他にやっている人はあまり見たことがないですね。具体的には、フェイントができる卓球ロボットを研究しています。こちらに打つと見せかけて、相手の予想と異なる方向に打つ。人間が何をしようとしているかをロボットが察して逆を突くようなことができると面白いと思っています。そして、ほどよく手加減する「接待ピンポン」の機能も持たせたいと考えています。

人間と同じ動きでスイングする卓球ロボットの動画(田中一敏氏提供)

──ロボットが人間の動きを察する、相手の状況を読むということは、どの程度できるようになっているのでしょうか。

打った後のボールの回転などからボールの動きを予測するという方法は以前からありました。最近では打つ前の人間の動きから、ボールが返ってくる方向や場所を予測することができるようにもなってきています。オムロンが開発している卓球ロボットでは、ある程度高速なラリーが可能なうえ、相手のスイング動作や表情から熟練度や感情を推定し、ラリーを続けるモチベーションを上げるように返球のコースや速度を変える機能が加わっています。

ですから、絶妙なバランスでラリーを続けることは今の技術でわりとすぐにできると思います。ただ、「接待」ができる、つまり忖度(そんたく)するロボットにするためには、相手がどういう人だからどう喜ばせればいいのかをロボットが分析できるような枠組みを作っていかなければいけません。

どういう人か、という分析も、よくある初心者・中級者・上級者といったレベル分けだけでなく、例えば「フォアが強いのか、バックに強いのか」や「この方向に来ると気持ち良く打てる」「得意なラリーのパターン、苦手なパターン」、さらには性格といったところまで必要になると思います。

技術的には、カメラで撮影した画像から汗の量や瞳孔の開き具合、血圧、笑顔の頻度などもわかりますから、そこから集中力や楽しいと感じているかどうかは分析できます。そういうデータを統合的に扱いながら、連続して何分プレーしたかなど、やり取りの中からどう相手の心を見抜いていくか。準備として、そういう研究になると思います。

──ロボットが駆け引きを覚えて、対戦できると楽しそうです。

そもそもスポーツロボットの研究をしているのは、人の気持ちがわかるロボットをつくりたかったからです。相手の気持ちを理解するシーンというのは、ゲームなどで駆け引きする瞬間が一番わかりやすいのではないかと。ゲーム性があって、動くロボットが活躍するというところで、スポーツするロボットを作ってみたいと思いました。

また、私は「認知発達ロボティクス」や「記号創発ロボティクス」という理論の影響を強く受けています。これは、賢いロボットは、もともと賢くプログラムされるのではなく、人間のように世界と触れ合っていく中で言葉や動きを身に付けていくという考え方に基づいたものです。そこで、身体の感覚や複雑な運動から人を理解してロボットを作っていくことが一番大事だと考えています。中でも、スポーツのような素早い動きには、ロボットには難しい生物ならではの身体の動かし方がありますから、それを紐解きながら研究を進めていくと、賢いロボットができるのではないかと思い、それを目指しています。

──素早く動くというのは、ロボットには難しいのですか。

同じ動作を素早く繰り返すロボットはたくさんありますが、その場その場で状況に応じて素早く動いて対応できるロボットはほとんどありません。新しい動きを作るのが難しいのと、それをさらに速くするのが難しいのです。

特に、人間のように二本足で立つロボットに複雑な運動をさせようとすると非常に難しくなります。脚で移動するロボットは、倒れないように姿勢を制御するだけでも大変だからです。腕だけのロボットだとずいぶん簡単になるのですが。

飛んでくるボールを見つけ、軌道を予測して、跳躍し、空中でレシーブ動作を行うヒト型のレシーブロボットの開発では、全身で素早く反応するヒト型のロボットはどうすれば作れるか、という問題に取り組みました。人間の子どもくらいの大きさがあるロボットですが、これくらいの大きさのロボットは普通のハードウエアだと「グイーン、ガシャン」という感じで動きます。ですから、小さく、軽く、大きな力と速度を出すアクチュエータ(力を出す装置)から開発しました。

ヒト型バレーボールロボットの動画(東京大学知能システム情報学研究室(國吉・新山研究室)のYouTubeチャンネルより)

さらに、通常のロボットでは、バランスをどう取るか、腕を持ち上げる時に反動をどう殺すか、といった計算を一生懸命やって動いています。しかし、素早く反応させるために、そういった計算をできるだけ省いて動きを作る独自の手法も作りました。ですからハードウエアもソフトウエアも、普通の二本足ロボットが動くやり方とは全く違うものを独自に作って、ああいう動きを実現しています。

ネットスポーツの中でも動き回る範囲が比較的狭く、球も軽い卓球は、スポーツロボットの題材として一番やりやすいスポーツです。ただ、卓球でも素早く移動させるのは非常に大変で、俊敏に動くロボットの設計法を確立することは一つの大きな課題となっています。