ロボット開発は「人間」を知ること

──最初に作られたのは、古武術の達人の技を繰り出すロボットでした。

古武術の達人で、身体技法研究家である甲野善紀氏の技の一つに、押し動作があります。両腕で押してくる相手に対し、片手で一払いするだけで押し返す技で、相手は強い力を感じたわけでもないのに、なぜか押し返せず後退してしまいます。

修士課程で所属していた研究室(東京大学、國吉・新山研究室)の先輩である尾形邦裕氏が、甲野氏の技をモーションキャプチャで計測し、ヒューマノイドロボットの指標を用いて、技の原理を明らかにしました。このような巧みな運動を科学的に解析すれば、これまでにないロボットの設計や制御方法が明らかになる可能性があるからです。

その知見を踏まえ、科学的に分析したコツを参考にして、達人の技を再現するロボットを開発しました。12本の空気圧人工筋で動く関節を持つロボットが、片手で人間を押し返すことに成功しました。

(参考:古武術ロボットの動画は、田中氏のnote記事「古武術ロボット」で閲覧できる)

達人は、特殊な手の握りをして「薄氷を踏むがごとくやると相手を押せる」と言うのですが、それではどう動けばいいかわかりません。コツを伝えるのに「ギュッとしてガッと打つ」と言うような、そういう言葉で表現しきれない身体の動きをロボットにプログラムできる形にすることで、人間がよりスポーツの技術をわかり合うことができるのではないかと思います。

ロボットは現物として存在します。映像では解析し切れない現物の力がもし影響しているとすれば、現物として相対するロボットの動きから人が学ぶというシーンもありえると思っています。

──スポーツロボットがもたらす未来をどのように思い描いていらっしゃいますか。

スポーツロボットには、①人間について知るための道具、②人間の能力を高める道具、③遊び道具という3つの使い道があると考えています。

トレーニング法や試合の戦術など、今、スポーツには科学的に分析されて新しいやり方に変わっていることがたくさんあります。そういうものを、よりもう一段進めることができるのが、スポーツロボットだと思います。例えば、フェイントに引っかかりやすいのは、何が原因かというようなことも、ロボットなら条件をそろえていろいろ調べられます。

また、AIと対戦することで将棋の戦略が変わったように、ロボットと戦うことでスポーツも変わっていくような気がしています。そういう形で人間の到達点をさらに上げていくことも可能じゃないかと思います。

あとは、練習相手になること。私はバレーボールが好きなのですが、新型コロナウイルスの影響で集まれない時もロボットが11体いれば練習できていいなと思っています。少し上のレベルのロボットと対戦して能力を高めたり、対戦相手のクセやフォームをコピーしたロボットで対策を練習するといったこともできそうです。娯楽としても、ロボットサッカーチーム同士の対戦や芸術的なダンスなど、いろいろできそうな気がします。

田中氏が関わったコマを操るロボットアーム「diabolo(ディアボロ)」の動画。人間とも呼吸を合わせられるよう、ロボット自身が学習していく(オムロン サイニックエックスのYouTubeチャンネルより)

──スポーツロボットの開発を通じて、人の可能性を広げる、あるいはスポーツを発展させるためのいろいろな要素が見えてきそうですね。

おっしゃる通りだと思います。ロボット工学の一つの目標は、人間の代わりに作業するロボットを作ることなのですが、なかなかそうはなっていなくて。その理由は、やはりロボットの運動の原理原則が全然人間に及ばないからです。スポーツという複雑な動きをするロボットを実現する過程で生まれる技術は、人間と協力し、臨機応変に作業できるロボットを作るための課題を解決したり、疑問を解明したりする一助にもなるかと思います。