義足の選手に特徴的な脳活動
走り幅跳びで8.48mという、健常者の世界記録に近い大記録を持つ義足のアスリートがいる。パラリンピックで2度の金メダルを獲得している、ドイツのマルクス・レーム選手だ注5)(図8)。中澤氏は、あるテレビ番組の制作協力でレーム選手の脳を、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて調べる機会を得た。下肢の筋肉を動かすときに活動する1次運動野の領域を把握するために、同装置内で足関節、膝関節、股関節をそれぞれ動かしてもらい、その際の脳活動を記録した。
図9を見ると、右側(義足側)の膝関節を除き、いずれの関節周囲筋を随意収縮させた場合も反対側の運動野を中心に強い活動が観察された。しかし、右側の膝関節周囲筋を動かすときだけは両側性の運動野活動が認められた。こうした両側性は健常者にはほとんど見られない。右側の脳は単独で体の左側を動かし、また逆も然りである。
さらに中澤氏は、義足の非競技者と健常者の走り幅跳び選手、それぞれ複数人の脳も同様に調べた(図10)。その結果、両側性の運動野活動が認められたのはレーム選手の義足側膝関節のみだった。
では、この脳活動はレーム選手に特有のものなのか。走り高跳びT64のアジア記録を持ち、パラリンピックで4位の記録を持つ鈴木徹選手の脳も調べた。すると、レーム選手と同じく、義足側の膝関節周囲筋を収縮させる際に両側性の活動が見られた。「義足を使ってスポーツ活動をしている人に両側の脳を使っている人が多いことが統計的優位に見られる。一方、義足を使ってはいるがスポーツをしていない人にはそれが見られない。つまり、義足+特定のスポーツトレーニングでその活動が起きる」と中澤氏は話す。
健常者超える記録の秘密
パラアスリートの世界記録が、ほぼ同等の条件における健常者アスリートの記録を超えている競技がある。下肢に障がいを持つ人を対象にしたベンチプレス競技の「パラ・パワーリフティング」だ(図11)。最重量級のイランのシアマンド・ラーマン選手の記録は310kgで、健常者を10kg上回るという注6)。
そこで、中澤氏はパラ・パワーリフターの神経科学的な特性を調べた注7)。興味深い結果が出たのが、握力計を握るグリッピング実験だ。被験者には事前に測定した自分の最大握力の10%、20%、30%をそれぞれ20秒間発揮する課題を課した。すると、パワーリフターが発揮する力が健常者に比べて安定していることが判明した。
そこで同氏はグリッピング力に着目し、スポーツを行っているか否かは無関係に、複数の脊髄損傷者(SCI)の協力を得て同実験を行った。その結果が図12で、多くのSCIがパワーリフターと同様に健常者より安定的に力を発揮できることが分かった。「SCIの中でも、運動機能だけでなく感覚も麻痺している脊髄完全損傷者の手の機能は健常者よりも明らかに優れている。これは、脳の再編が加速して、代償的に上肢の機能が発達したからと考えられる」(同氏)という。
さらにグリッピングで最大握力の20%を発揮する課題を課したときの、健常者と脊髄完全損傷者の脳の活動領域を比較した(図13)。これによると後者の方が活動領域が少なく、神経活動的に効率が高いという。同様の現象は、例えばサッカー選手が下肢を動かす際にも見られ、スーパースターのブラジルのネイマール選手が参加した実験では、彼の脳活動領域が参加者の中で最も少なかったという事例もあるようだ。
障がいと厳しいトレーニングで再編が進んだパラアスリートの脳からは、今後も新たな発見が生まれそうだ。