競技力向上と低年齢化が進むアスリートの未来
日本スポーツ振興センター(JSC) ハイパフォーマンススポーツセンター 国立スポーツ科学センター長の久木留毅氏
日本スポーツ振興センター(JSC) ハイパフォーマンススポーツセンター 国立スポーツ科学センター長の久木留毅氏
(写真:JSC)
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トップアスリートの世界では、テクノロジーを活用した選手のパフォーマンスや体調の「可視化」が急速に進んでいる。次に、進化をもたらすテクノロジーは何なのか。そのとき、何が勝敗を分けるポイントになるのか。オリンピックに出場するようなトップアスリートの競技力を強化するための拠点である、日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター 国立スポーツ科学センター長の久木留毅氏に聞いた。

トップアスリートの世界では既に様々な先端テクノロジーが使われていますが、個人的に特に注目しているのがVR(仮想現実)です。今後、VRの普及に伴い、アスリートが上達するスピードが速くなるとともに、競技の低年齢化が起きると予測しています。VRの活用は、未体験を知る、疑似的に体感できる、という2点でアスリートにとってメリットがあります。

例えば、米国スキー・スノーボード協会(USSA)は2018年に、米SkyTechSportという企業が開発したVRのスキーシミュレーターをユタ州のパークシティーというスキーリゾートに設置して、代表選手の強化に利用しました。VRのゴーグルをかけなくても、大画面の前で疑似的に世界中のバーンを滑れる本格的な装置です。これと同様のことが、柔道やレスリングなど様々な競技で実現するでしょう。将来、世界中の強豪アスリートに関する各種のデータを収集し分析できるようになれば、VRを活用して日本にいながら世界の強豪と乱取りやスパーリングなどができるようになるかもしれません。

スキーのジャンプ競技では、若い時に恐怖心を克服することが重要で、VRはその助けになるでしょう。ジャンプでは原理的に体重が軽い方が有利なので、将来はとてつもない記録を出す若い選手が登場するかもしれません。現在のVR用HMD(ヘッドマウントディスプレー)はそれなりに大きく重く、使い勝手がいいとは決して言えません。かつての「Google Glass」のような簡便なものが開発されれば採用が広がっていくでしょう。

差を生むのは「調整」

ただし、VRを使ったトレーニングは、通常の練習と同じぐらい疲れます。スマートフォンを使い続けていると脳が過労するのと同じです。そこで、「人間拡張時代」には疲れを取る技術も重要で、疲労回復の新たなメソッドが必要になると思います。将来は、トレーニングやバイタルのデータからAIが選手のコンディションを分析して、食事のメニューを推薦してくれたりするようになるでしょう。このような高度なAIを活用した取り組みを実現するには、アスリートのデータのオープンシェアが重要になります。

データのオープンシェアが進めば、トップアスリートのケガのデータの共有が進み、若いアスリートがそのデータを基に自身のバイタルデータと照らし合わせることでケガをしにくい状況を作れますし、ケガからの復帰を早めるようなことが実現するでしょう。

私は、将来のアスリートの差は「調整(コンディショニング)」で生まれると考えています。例えば、F1マシンは、アスリートもスーパーでないと操れません。将来、ものすごく滑るスキーが開発されたら、スキーヤーの能力もそれに合わせて調整しないといけない。アスリートが低年齢化していく中で、コーチには「調整」という役割が課されるようになるでしょう。

コーチングはアート&サイエンスです。アートがないと世界で勝つための“ひとさじ”を加えられませんが、超進化するアスリートを見るコーチにはサイエンスの部分に対する要求もより高くなっていくでしょう。コーチもハイパフォーマンスにならないと生き残れない時代が到来するのです。(談)

この記事は、日経 xTECH(クロステック)の「超進化型人間、誕生」に掲載したものの転載です(本稿の初出:2021年6月21日)。