「まるで現代のナスカの地上絵」──。スマートフォンに搭載されているGPS機能を使い、走った軌跡で画面の地図上に絵や文字を描く「GPSアート」に挑戦するランナーが増えている。身近な動物や人の似顔絵、アニメや映画のキャラクター、東京の都心に北海道の形を描くなどユニークな作品がインターネット上に並ぶ。新型コロナウイルス禍でマラソン大会などのイベント中止が相次ぐ中、ランナーたちをひきつけるGPSアートの神髄を探った。

作図のワクワク感と完成時の達成感が走るモチベーションアップに

こちらは後の本文にて紹介する、プロのGPSランナーである志水直樹氏の作品。躍動感のある「トナカイ」(東京・原宿)と名古屋城周辺で描いた織田信長(画像提供:志水氏、マップデータ:©Google)
こちらは後の本文にて紹介する、プロのGPSランナーである志水直樹氏の作品。躍動感のある「トナカイ」(東京・原宿)と名古屋城周辺で描いた織田信長(画像提供:志水氏、マップデータ:©Google)

百聞は一見に如かず。まず、取材を始める前に筆者自身が挑戦してみた。幸い東京都杉並区の大きな地図が手元にあったので、「さて、どんな絵を描こうか」と広げてみた。ちょうどハロウィンの時期。カボチャ、おばけ、などとイメージして地図を眺めるが、思ったように道がつながらない。

早々に自力での作図は難しいと判断し、インターネットで検索したところ、カクカクとしたコウモリを描いた作品を見つけた。「これならできそう」。目指す形に合うような道を探し、小一時間かけて何とかコウモリに見えるルートを決めることができた。

この時点で既に、多くのランナーがGPSアートにはまる理由が少しわかった気がした。なぜなら、コロナ禍の自粛生活の中「健康のため運動せねば」と思いつつ進んで実行したことのない自分ですら、「早く走って絵を完成させてみたい」とワクワクしていたからだ。

初めてGPSアートに挑戦した筆者の「コウモリ」。約2.5キロメートルをウオーキングして作成した(マップデータ:©Google)
初めてGPSアートに挑戦した筆者の「コウモリ」。約2.5キロメートルをウオーキングして作成した(マップデータ:©Google)

走った軌跡を色づけしてくれるランニングアプリをダウンロードし、スマートフォンと地図を握りしめて出発。土地勘のある地域にも関わらず、実際に走ると戸惑うことも多かった。地図で見ていたのとは違って歩行者だけが通れる狭い道だったり、大きな道路を横断して直線を描くはずなのに信号機がなくて渡れなかったり……。結局、頻繁に地図を見るため、かなりゆっくりしたウオーキングになってしまったが、新しいお店を見つけたり、この道がここにつながっているのかという発見があったりと、「街探検」のような楽しさもあった。

そして何より、スタート地点に戻ってきて、絵が完成した時の達成感たるや! すぐにスクリーンショットで画面を撮影。頑張った成果が形になったのがうれしくて、SNSに投稿したくなる気持ちがよくわかった。「コウモリに見えなくもない……かな」という微妙な家族のリアクションにもめげず、気づけば「文字で『ミラコト(未来コトハジメの略)』は描けないかな。平仮名もあり?」などと次のルートを探すべく、また地図を眺めている自分がいた。

デジタル技術でスポーツとアートの楽しみが融合

そもそも「GPSアート」は、ランニングだけでなく、ウオーキングや自転車などで移動しても描ける。車や飛行機を使った大規模な作品のほか、ビーチや公園などの広い場所を自由に動いて描いた作品もある。とはいえ、世界中の多くの愛好者が楽しんでいるのは、筆者が挑戦したような、既存の道をランニングしたり、ロードバイクで走ったりして作るGPSアートだ。「GPSラン」「お絵描きラン」「ランニングアート」などとも呼ばれている。大勢で一つずつ文字を描き、つなげて1つのメッセージにする楽しみ方もある。

芸術とスポーツが融合した新しいアクティビティが市民ランナーの間で広まった背景には、GPS技術の精度の高まりやGPS搭載のスマートフォンの普及とともに、移動した軌跡をリアルタイムで地図上に色づけして描いてくれるランニングアプリが多数登場したことも大きい。スマートフォンさえあれば誰でも簡単に楽しめるうえ、完成した作品はスクリーンショットで撮影し、そのままSNSにアップして共有することができる。SNSとの相性の良さも、GPSアートの広がりの要因だ。

「世界でただ一人」のプロGPSランナーが実感する可能性の広がり

「世界でただ一人」というプロのGPSランナーが兵庫県西宮市にいると知って興味を持った。志水直樹氏、34歳。これまでに日本を含む10カ国で約800の作品を発表してきた。2019年4月に小学校教諭から転身してプロになった志水氏がGPSアートにはまったきっかけも、SNSでの思わぬ反響だった。

志水直樹氏(写真提供:志水氏)
志水直樹氏(写真提供:志水氏)

その始まりは2016年1月、地元の西宮神社(兵庫県西宮市)の年始行事「開門神事福男選び」(参道230メートルを駆け抜け、参拝一番乗りを競う)に参加中、「Google マップ」で調べた神社の周囲の道が「西」に見えたことだった。翌月のバレンタインデーに「西宮LOVE」と読めるルートを走ってSNSに投稿したところ、「面白い」「どうやるの?」といったコメントがこれまでにないほど寄せられた。

その反響の広がりに大きな可能性を感じ、走っている様子をSNSで紹介することで東日本大震災の被災地を応援することを思いつく。震災以降被災地の小学校に教育ボランティアとして入っていたつながりから、2016年夏に岩手県釜石市から宮城県仙台市まで200キロメートルを縦断。2019年夏に同じコースを走った際は、風評被害に悩む地元の海産物のGPSアートを地元の人たちと一緒に描いた。多くの人から託された活動の支援金から、SNSで「いいね!」が1つもらえるごとに10円、投稿が1件シェアされるごとに40円を積み立て、結果13万円を超える金額を被災地の小学校に贈ることができた。

「GPSアートランの魅力はたくさんありますが、僕は何より『競わない』ことだと考えています。今までのようにタイムや距離を競うランニングではなく、作品を描くことが目的のGPSアートは、子どもや高齢者、車椅子の方、足腰の悪くなった方も誰でも参加でき、さらには国境を越えてみんなで一緒に楽しめる。多世代参加型のインクルーシブなスポーツであることに、大きな可能性を感じています」(志水氏)

志水氏は「競わないランニング文化を広めたい」という思いから、ランニングやウオーキングで一緒にGPSアートを描く体験イベントを開催している。特に「1人でやってもつまらないゴミ拾いをみんなでお絵描きしながらやれば面白いのではないか」とひらめいて始めたGPSプロギング(ゴミ拾い)は、小さな子どもから高齢者まで楽しんで参加できると評判に。街の活性化や高齢者の外出を促すためにGPSアートを活用したいという依頼もあり、自然と社会貢献につながる活動にまで広がっているという。

「例えばGPSアートに必要な作図や地図を頭に入れて歩くことは、脳トレのように認知症の予防にもなると僕は思っています。さらに自分で作った料理がおいしく感じるのと同様に、自分で地図を作れば『歩きたい』『走りたい』という気持ちが出てくるもの。イベントに参加している皆さんの表情や感想からも、GPSアートが運動に対するモチベーション向上に役立つことを実感しています」(志水氏)

子どもたちと一緒にごみ拾いをしながら描いた「エコいいね!」。自分たちが歩いた軌跡がだんだん絵になっていく様子に大興奮だったそう。2020年9月、神戸市須磨区(画像提供:志水氏、マップデータ:©Google)
子どもたちと一緒にごみ拾いをしながら描いた「エコいいね!」。自分たちが歩いた軌跡がだんだん絵になっていく様子に大興奮だったそう。2020年9月、神戸市須磨区(画像提供:志水氏、マップデータ:©Google)