筑波大学では大学が学内の運動部を一元的にマネジメントする部局「アスレチックデパートメント(AD)」を2018年に新設し、大学スポーツ改革に取り組んでいる。箱根駅伝など人気のコンテンツが多いにもかかわらず、いまだ多くの大学では「課外活動」としての位置づけでしかなく、学生アスリートを取り巻く環境は不安定で、そのポテンシャルを十分に生かし切れているとは言い難い。容易ではない改革に挑む筑波大ADの取り組みは今、どこまで進んでいるのか。副アスレチックディレクターの山田晋三氏に改革に懸ける思いを聞いた。

試合の主催権がない日本の大学で何ができるのか

──2018年にスタートしたアスレチックデパートメント(AD)の設立の経緯からお伺いできますか?

山田氏(以下、敬称略):2017年に準備室を設け、大学スポーツにおける課題を研究するところから始まっています。まずは米国の大学スポーツを一つのベンチマークとして研究しようと、2016年9月からフィラデルフィアにあるテンプル大学、株式会社ドーム(アンダーアーマー)との共同研究もスタートしていました。テンプル大学は、全米大学体育協会(NCAA*)の最上位グループ・ディビジョンⅠに所属している中堅校です。
*NCAAには約1300の大学が加盟しており、24競技で4万人以上の学生アスリートが参加している。加盟大学はカンファレンスと呼ばれる地域リーグに所属し、各カンファレンスをNCAAが統括する形となっている。加盟大学は、最もスポーツに投資しているディビジョンⅠから学業を優先するディビジョンⅢまで3つの階層に分かれ、それぞれでカンファレンスを構成する。どのディビジョンに所属するかは大学側が選び、スポーツ推薦枠の数も各ディビジョンによって決まっている。

筑波大学アスレチックデパートメント副アスレチックディレクターの山田晋三(やまだ・しんぞう)氏。アメリカンフットボール選手として関西学院大学を日本一に導き、学生日本代表の主将に。社会人でも2000年に日本選手権を制覇し、XリーグシーズンMVPに輝く。その後、日本人として初めて北米プロリーグXFLに参戦。NFLタンパベイ・バッカニアーズのトレーニングキャンプに参加するなど、アメフトの最高峰NFLに最も近づいた日本人として知られる。2010年よりIBMビッグブルーのヘッドコーチとなり、日本代表チームのコーチ及びGMも務める。2018年4月より現職(写真撮影:未来コトハジメ編集部)
筑波大学アスレチックデパートメント副アスレチックディレクターの山田晋三(やまだ・しんぞう)氏。アメリカンフットボール選手として関西学院大学を日本一に導き、学生日本代表の主将に。社会人でも2000年に日本選手権を制覇し、XリーグシーズンMVPに輝く。その後、日本人として初めて北米プロリーグXFLに参戦。NFLタンパベイ・バッカニアーズのトレーニングキャンプに参加するなど、アメフトの最高峰NFLに最も近づいた日本人として知られる。2010年よりIBMビッグブルーのヘッドコーチとなり、日本代表チームのコーチ及びGMも務める。2018年4月より現職(写真撮影:未来コトハジメ編集部)

ご存知のように米国の大学スポーツはとてつもない規模で発展しています。例えばNCAAは、バスケットボールの全米選手権の準決勝・決勝の権利を持っており、放映権などその収入だけで約900億円にも上ります。それを加盟校に分配するわけです。分配の比率も大学間で話し合い、ルールを決めて分配しています。この点、非常にフェアなんです。さらに、アメリカンフットボールに限っては各カンファレンスが試合の放映権を持っており、その分配金も大学の収入になります。

また、米国では各大学に米ナイキや独アディダス、米アンダーアーマーなどのスポーツ用品メーカーがスポンサーとして入っています。なぜかと言えば、大学のTシャツなどが売れるからです。人気競技なら10万人のスタジアムが大学のTシャツを来たファンで埋まります。試合の主催権が大学にあるため、チケット収入もすべて大学の収益になるのです。プロスポーツで言うフランチャイズ*を大学が持つことにより、大学のブランディングや価値を高めることにも成功しています。
*球団の本拠地。また、球団が本拠地での試合の興行権を持つこと。

分かっていたことではありましたが、日本と米国の決定的な違いは、試合の主催権を大学が持っているかどうかということに尽きます。日本では試合の主催権をはじめ放映権やマーケティング権もほとんどが各競技連盟や協会などにあり、箱根駅伝など人気の大会でも大学は逆に参加料を払って参加しているだけです。試合で何かを産み出したり、大学の意思を反映させたりすることが非常に難しいんですね。

──ADという組織も米国の大学を参考にされたのですか。

山田:はい。NCAAでは「大学スポーツは教育の一部であり、競技者はその大学の学生代表であること」と明確に規定されています。そのため、米国の各大学には管轄するチームに関わるすべてを一元的にマネジメントするADが置かれ、コーチやトレーナー、栄養士などのスタッフが所属しています。驚いたのは、米国ハワイ州オアフ島にあるハワイ大学(NCAAディビジョンⅠに所属)でもADだけで200名ものスタッフが働いていたこと。大学自体が多くの雇用を生み、地域活性化や地方創生を実現しているのです。

これに対して日本の大学スポーツは、学校が提供する「教育」の一環である、という規定すらあいまいです。あくまで「課外活動」という位置づけのため、各部活動の人事や会計などの運営・マネジメントは各部がそれぞれ行っています。ですから、責任が不明瞭、リスク管理が希薄、指導者の質を保障できないといった問題も起きてしまいます。日本では「教育=単位」という考え方であるため、「単位が出ない」ので「教育ではない」となります。一方、米国では広い意味での人間教育という位置づけとなっており、大学およびNCAAが「大学の正式なプログラムとして位置付けること」と規定しています。

──部活動に対する根本的な考え方から日米では大きく異なっているのですね。

山田:NCAAにも商業化に寄りすぎているという批判はありますし、正直、日本で米国のような枠組みがそのまま実現できるとは思っていません。ただ、NCAAという統括団体がよくできているなと感じるのは、ルールを決めるのはあくまでNCAAに加盟している各大学の代表者であるということ。NCAAはあくまで各大学が決めたルールがしっかり守られているかということと学生スポーツとして行き過ぎたことにならないようチェックする役割に徹しています。

私たちもNCAAのコンベンションに行かせてもらいましたが、各大学が集まって話し合い、投票でルールを変えている。ワークショップでは、一つのテーマにそれぞれのディビジョンの代表者が登壇し、自校の取り組みを発表していました。

そもそもNCAAの歴史を見ても、大学が意思を持ち、スポーツ活動の在り方に責任を持たなければいけない、というところから始まっています*。そして、何よりも大切なポイントは、常にアップデートされてきたこと。課題があれば大学間で話し合って決めていくNCAAのような枠組みを作るのは我々だけでできる規模感ではありませんが、そもそも大学が意思を持って何かをすることが大切だと痛感しました。
*NCAA設立は1906年。フットボールの試合中の死亡事故や負傷が多発していたことから、当時のルーズベルト大統領が大学関係者を集め、大学が責任を持って適切な運営管理をするよう求めたことが契機となった。1972年にタイトル・ナイン(公的高等教育機関における男女の機会均等を定めた改正法)が施行されると、スポーツ推薦の男女の比率を同じにするというルールを定めたり、放映権が莫大な利益を生むようになった1980年代には利益の分配のルールを決めたり、すべて大学間の話し合いで決めてきた歴史がある。

ミッションは学生アスリートの安全・安心、人材育成、価値の最大化

──筑波大学では部活動についても大学が意思を持って運営することを目指し、学長の意思としてADが設立されたわけですね。

まずは大学の意思と統合されているスポーツ組織を持ち、意思を持って事例を作っていくことが何よりも大事だと考えました。

大学の使命は何かと言えば、教育・研究・社会貢献です。大学と一体となって取り組むのであれば、まずは学生に対して安全・安心を提供していかなければいけません。そして、人材育成。地球規模の課題を解決できるグローバル人材を育てるという筑波大学が掲げる人材育成マインド「師魂理才*」を、スポーツを通じて達成したいと考えました。
*師魂理才とは、「親や先生のように人に接する心や人々をまとめる力を持ち,かつ合理的な問題解決の才能を持つことを意味」する。また筑波大学ではこれと併せて「本学のミッションは,師魂理才をもって,地球規模課題の解決と未来地球社会の創造に向けた知を創出するとともに,それを牽引するグローバル人材を育成すること」としている(出所:筑波大学大学案内「学長からのメッセージ」)

あとは、大学にスポーツがあることの価値を最大化することです。お金儲けというよりは、スポーツを通じて愛校心や一体感を盛り上げ、それこそ高校生が「あの大学に入って一緒に応援したい」と憧れるような環境をつくりたい。その3つの取り組みを、大学が意思を持って推進したいというところからスタートしました。

ちょうどADを設立してすぐに日本大学アメリカンフットボール部の悪質なタックル問題(筆者注:2018年春)があり、大学スポーツの在り方が改めて注目されたタイミングでもありました。また、スポーツ庁主導で日本版NCAAを立ち上げようという動きもあり、私もワーキンググループなどに入っていました。しかし、2019年に創設されたUNIVAS(ユニバス、大学スポーツ協会)には筑波大学は入りませんでした。その理由は、NCAAの本質であった「大学の意思の集合体」になっていないと感じたためです。永田(恭介)学長とも相談し、UNIVASは私たち筑波大学が目指すところと「今は」違う、という判断になりました。

──ADは5つの部活動でマネジメントをスタートされましたが、なぜこの5部活から始めたのでしょうか?

山田:他にもスポーツ局のある大学はありますが、多岐にわたるすべての部活動を管轄しようとすると、マネジメントが非常に難しくなるのです。筑波大学には44の運動部がありますから、すべての部の指導者と話をするだけで1カ月以上かかってしまいます。米国でもディビジョンⅠの大学ADがサポートしているのは、男女合わせて平均20チーム。学校のプログラムとして運営していない管轄外のチームも当然あり、線引きが明確なんです。

ですから、まずは数チームをモデルケースとして、事例を作ることから始めようと思いました。こうすればより良くなる、こうすれば失敗するという事例がなければ、我々も多くのチームへ展開する時に自信を持って話すことはできないと思いました。きれい事はいくらでも言えますから。

サポートする部を決めるにあたって重視したのは、指導者に「ADと一緒にやりたい」という意思があるかどうかでした。各部に手を挙げてもらう形にし、競技力の高い部だけ、あるいは男子の部活動だけではなく、バランスよく展開したいということで、男子硬式野球部、男子・女子バレーボール部、男子・女子ハンドボール部の5チームに絞ってサポートを始めました。結果的にこの方法が非常によかったと思っています。

──具体的にはどのような取り組みをされてきたのでしょうか。

山田:大学なので、何ができて何ができていないのか、しっかりと評価する指標が必要です。ですから学生の安全・安心を保障する「健全化」、学内外からの支持を拡大する「最大化」、この2つでKPI(重要業績評価指数)を設定して取り組んでいます。

健全化プログラムでは、人事・会計の統合、トレーナーの大学雇用、安全対策物品の手配、アシスタントコーチの見直し、栄養サポートプログラム導入などから行いました。筑波大学附属病院と連携して医学的側面からサポートをしていく「アスリートドックプログラム」や、大学3年生を対象にした「キャリア支援プログラム」もスタートさせています。

「最大化」では、チームと大学が一体となり、統一されたブランディングのもと、社会に発信する試みも始めています。特に新型コロナウイルス禍の中で、リーグ戦やインカレのライブ配信などSNSやYouTubeでの配信に力を入れるようになりました。学生からもアイデアをもらい、学生が主体的に貢献できるようADがサポートするという形にしているため、私たちでは思いつかないような企画をどんどん提案してくれています。

先日行われたプロ野球ドラフト(2021年10月11日)では硬式野球部の佐藤隼輔君が埼玉西武ライオンズから2位指名された模様をオンラインで実況中継しました。昨年度に続き、硬式野球部員が記者会見の準備や配信の演出を行っており、このような運営に学生が関わることもスポーツを通じた成長の機会の一つだと考えています。

このほか、YouTubeで配信しているオンライントレーニングプログラム「筑トレ」(プログラムは男子ハンドボール部の川谷響コーチが作成)など人気のコンテンツも生まれています。また、地域の部活動支援として、学生が中学生・高校生に指導する活動も行いましたが、これが非常に重要な取り組みであることが実施してみてわかりました。

地域の部活動支援として2021年5~6月、硬式野球部、男子バレーボール部、男女ハンドボール部の学生がつくば市内3校の中学・高校の部活動に参加した。中高生、顧問の先生からも好評で、学生にとっても地域との絆や自身の競技への気づきを得る有意義な機会になったという(出所:筑波大学アスレチックデパートメントYouTube動画)
地域の部活動支援として2021年5~6月、硬式野球部、男子バレーボール部、男女ハンドボール部の学生がつくば市内3校の中学・高校の部活動に参加した。中高生、顧問の先生からも好評で、学生にとっても地域との絆や自身の競技への気づきを得る有意義な機会になったという(出所:筑波大学アスレチックデパートメントYouTube動画)