2024年パリ五輪で「ブレイキン(ブレイクダンス)」が新種目に採用され、スポーツとしても注目を集めるダンス。背景には世界的なダンス人気のなか、五輪離れが進む若年層にアピールしたいという国際オリンピック委員会(IOC)の思惑がある。日本でも学習指導要領の改訂により2012年から中学校体育で男女ともにダンスが必修化されたこともあって、若者を中心にダンス人気は右肩上がり。2021年からプロダンスリーグ「第一生命 D.LEAGUE(Dリーグ)」をスタートさせた立役者、神田勘太朗氏(株式会社Dリーグ代表取締役COO)は「これからはダンスが世界のマーケットを獲る」と断言する。シリーズ「ダンスが拓く新たな世界」第2回は神田氏にビジネスサイドから見たダンスの可能性を聞いた。
驚くべき数字が上がっていた。一般社団法人ストリートダンス協会によると、ストリートダンスの競技人口は数年前の推計で約600万人。現在はさらに増えているという。
総務省の平成28年社会生活基本調査(10歳以上の約20万人を対象に過去1年間に該当する種類の活動を行ったかを調査)で推計される競技人口は、野球(キャッチボールを含む)約814万人、卓球約776万人、サッカー(フットサルを含む)約677万人、バレーボール約513万人、バスケットボール約486万人。この調査にダンスの項目はなく単純に比較はできないが、600万人という数字はプロリーグがある人気スポーツにも匹敵するものだ。

公教育に組み込まれたこともあって、ダンスは運動系の習い事や部活動としても人気が定着している。高校ダンス部日本一を決める日本高校ダンス部選手権「DANCE STADIUM」大会事務局の調べでは、全国の高校4874校のうちダンス部を設置している高校は2082校(2021年10月5日現在)に。部活動人口も約3万9000人となり、少子化で運動部に所属する中高生が減少するなか、唯一増加の一途をたどる部活動になっているという。また、気軽にダンス動画を投稿し見ることができるTikTokやInstagramといったSNSアプリの普及も、ダンス人気を後押しする。
ダンスの競技人口について神田氏の実感を尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「以前は一部のコアな人たちがするものだったダンスが一般にまで広がり、ダンスに触れる人が年々増えている印象です。ゴリゴリのプレイヤーとなると600万人は絶対にいないけれど、SNSで踊った動画を投稿するとか、カラオケで踊るとかまで含めると、もっと多いのかもしれません」
「カリスマカンタロー」の名でダンサーとして活躍しつつ、2004年に有限会社アノマリー(現在は株式会社アノマリー)を設立。以来、一貫して「ダンサーが活躍できる場」の創出に奔走してきた神田氏は、その目的のためにダンスがビジネスになる道を切り開いてきたフロントランナーだ。その神田氏が、国内のみならず全世界的なダンス熱の高まりを指摘する。
「今、中国では爆発的なストリートダンスブームが続いていますし、韓国、ロシアなども力を入れていると聞いています。いろいろな意味で世界がダンスに向き始めたタイミングでD. LEAGUEができたこと自体、ビジネスチャンスはもちろん、国交を広げる意味でもチャンスなのではないかと思っています」
神田氏は2004年から始めた1on1形式のダンスバトルイベント「マイナビDANCE ALIVE HERO’S」を、1万2000人以上が来場する日本一のダンスイベントに成長させた実績を持つ。実はDANCE ALIVEは、ダンス業界で初めて、来場者のマーケットデータを提供することで企業に協賛してもらうBtoBのビジネスを本格的に行ったイベントだったという。
ダンサーは自分の内側にある欲求と表現を突き詰め、年齢を重ねても、文字通り体が動かなくなるまで自分の理想のダンスを追い続けるものだそうだ。しかしその一方で、ダンスで生活をしていくとなると、インストラクターやダンススタジオの経営、アーティストのバックアップなど道が限られてしまう。そんなダンス業界の長年の課題を解決するため、「ダンサーがダンスそのものでスターになれる場所をつくりたい、そのためにはまずダンサーが活躍できる場所を作らなくてはいけない。その思いは(会社を立ち上げた)18年前から何も変わっていません」と神田氏は力を込める。
ダンスで収入が得られる環境を用意したい
ダンサーが主役としてパフォーマンスすることで稼げる環境を作った「D.LEAGUE」は、トップパートナーのソフトバンク株式会社、タイトルスポンサーの第一生命など現在10社がスポンサーとして運営を支援。加えてプロ野球と同じように企業がオーナーとしてチームを持つ形とし、2021年11月14日に開幕した「21-22SEASON」には11チーム(20-21SEASONは9チーム)が参加している。単発のイベントではなく、長期のスパンで戦うリーグ戦という形態は、ダンス業界では世界で初めての試みだ。

1シーズンの試合数は12回。毎回、各チーム8人が2分~2分15秒のショーケース(あらかじめ曲、振り付けが決まっているダンス)をその回ごとに新しく作り上げ、順番に披露していく。審査員8人のジャッジによる「ジャッジポイント」と視聴者投票による「オーディエンスポイント」の合計で順位を決め、順位ごとに勝ち点を配分。12回の合計得点が高い4チームと、4チーム以外でジャッジポイント、オーディエンスポイントが高かった2チームの計6チームがチャンピオンシップに進み、シーズン優勝チームを決定する。優勝賞金は3000万円だ。
現在、各チーム1年契約となっている。「まだ、D.LEAGUEだけでは食べていけないダンサーもいると思います」と神田氏は言うが、D.LEAGUEは高校1年生から参加可能で、現役の高校生や大学生も加わっている。多くのダンサーにとってはプロリーグがなければあり得なかった環境で、若いダンサーの選択肢は確実に増えた。
D.LEAGUE発足時にチームオーナーとなった9社は、神田氏、株式会社Dリーグ代表取締役CEOを務める平野岳史氏(フルキャストホールディングス創業者)の人脈からすぐに集まった。興味があるかを聞いたところ、どの企業もほぼ即決だったそうだ。事業の一つとして運営する企業もあれば、広告宣伝の一環として考える企業もあり、別会社を作って法人格で運営していこうという企業もある。
「参加企業にきちんとヒアリングしたわけではありませんが、若い世代とのタッチポイントとしてダンスがあった、と認識してもらえたのではないかと考えています」と神田氏。企業側の反応の良さは、ダンスが持つ可能性の大きさの表れかもしれない。
