バットを振ることができなくても、ボールを投げることができなくても、楽しめる野球がある。元高校球児の堀江車輌電装株式会社(東京都千代田区)社員、中村哲郎さんが発明した、巨大な野球盤でプレーする「ユニバーサル野球」だ。ひもを少し引っ張るだけでボールを打てる仕組みを作り、身体などの制約にかかわらずだれもが打席に立つ緊張感や喜びを感じられるよう工夫を重ねた。障害のある野球好きの少年との出会いから誕生した新しいスポーツは、中村さんの想定をはるかに超えて、ゲームの度にドラマを生み、人のつながりを広げている。

障害の有無にかかわらず だれもが一緒に楽しめる野球

「かっとばせー」「がんばれー」声援を受け、打席に入る少年。ホームベース上のターンテーブルに置かれたボールをじっと見つめ、真剣な表情でタイミングを図る。勢いよくひもを引くとバットが回り、盤上をボールが転がっていく。野球盤を囲む全員が転がる軌跡を目で追う中、ボールはバックスクリーン前のホームランゾーンに吸い込まれた―――

2022年4月2日、栃木県真岡市の勝瓜公園グラウンドで「ユニバーサル野球」の体験会が行われた。参加したのは、地域で児童発達支援・放課後等デイサービスを提供する民間施設「こどもサークル」の3事業所に通う児童・生徒と保護者、スタッフの約30人。コロナ禍の中、普段スポーツをする機会が少ない子どもたちに、さまざまな経験をさせたいと企画された*。

*ユニバーサル野球はコロナ禍の中でも、マスクを着用し、座る間隔を十分に空けるなど感染対策に配慮して、体験会や体験授業を行っている。

野球を知らなくても楽しめるよう、試合はホームランなら4点、ヒットなら1点といったルールで行われた。トーナメント制で戦われた試合は概ね打撃戦に。「4番○○くん。チームのリーダー的存在、スポーツのことならお任せください」といった場内アナウンサー役のスタッフからの紹介も楽しく、敵味方関係なく和気藹々と結果に一喜一憂する姿は微笑ましかった。

ベンチでもメガホンを持って一番元気に飛び跳ねていた小学5年生の少年は、試合後も興奮が冷めやらない様子。全身でガッツポーズを決めながら「ホームランが打てた! 楽しかった! 喉がもうカラカラ!」と笑顔を見せた。

ユニバーサル野球を考案した中村哲郎さん(写真:栗田洋子)
ユニバーサル野球を考案した中村哲郎さん(写真:栗田洋子)
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ひもを引けばバットが回る仕組みは、障害のある野球好きの少年のために発明された(写真:栗田洋子)
ひもを引けばバットが回る仕組みは、障害のある野球好きの少年のために発明された(写真:栗田洋子)
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ユニバーサル野球は、強化段ボール・木製の大きな野球盤でプレーする。野球盤は両翼約5メートル×5メートル、一般的な野球場の20分の1の大きさだ。玩具の野球盤と同じく、野手がいる位置の穴にボールが入ればアウト。外野フェンス際にもアウト、ヒット、二塁打、三塁打、ホームランのゾーンがあり、どこにボールが入るかで打撃結果が決まる。

プレーヤーが行うのはバッティングのみ。ボールはマウンドから投じられるのではなく、ホームベース上で回転するターンテーブルに置かれる。バッターボックスに固定されている木製バットは、ひもを引くと勢いよく回転する仕組み。バットの先端の穴にストッパーになる栓を差し込み、その栓を引き抜くとバネの力でバットが回る単純な装置だが、栓の差し込み具合を浅くすれば、ひもを持つ腕を1センチメートル動かすだけでスイングできる。

ターンテーブルは1回転2~15秒まで速さを調節できるため、その日のプレーヤーの状態に合わせることも可能だ。中村さんから「この位置にボールが来た時に打てばホームランになる」と教えられても、タイミングを狙って打つのは意外に難しい。ボールを前に飛ばすことは容易だが、ひもを引くタイミング次第で打球の方向や強さが変わる、絶妙な仕掛けなのだ。

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ユニバーサル野球を楽しむプレーヤーたち。回転するボールに、ひもを引くタイミングを合わせるのは意外に難しい(写真出所:ユニバーサル野球公式YouTubeチャンネル)
ユニバーサル野球を楽しむプレーヤーたち。回転するボールに、ひもを引くタイミングを合わせるのは意外に難しい(写真出所:ユニバーサル野球公式YouTubeチャンネル)
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