農業をしながら他の仕事でもキャリアを積む「半農半X」というライフスタイルが若者を中心に注目を集めている。そのXの部分に入るのはスポーツも例外ではない。新潟では女子サッカーチームが棚田を守り、福岡ではハンドボールチームが野菜を育て、和歌山では野球やサッカーの選手が名産のみかん、梅の収穫を担う。多くのスポーツチームが目指す地域貢献を本当の意味で果たしながら、夢を追う若者に活躍の場を提供する。地域の農業を担うスポーツチームの試みを追った。(全2回、本記事は第1回)

米作りに従事しながら、地域リーグ1部を目指す

新潟県南部の十日町市と津南町を含む中山間地、越後妻有(えちごつまり)。「農業実業団チーム」として2015年に誕生した女子サッカーチーム「FC越後妻有」の選手の一日は忙しい。

FC越後妻有の選手たち。この棚田でも選手たちが米を作っている。後ろはイリヤ&エミリア・カバコフ「棚田」(大地の芸術祭作品)(撮影:Nakamura Osamu)
FC越後妻有の選手たち。この棚田でも選手たちが米を作っている。後ろはイリヤ&エミリア・カバコフ「棚田」(大地の芸術祭作品)(撮影:Nakamura Osamu)
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雪が融け田植えの準備が始まる5月初旬。入団2年目の山下由衣さんは朝9時から、育苗箱が並ぶ苗代で作業を始める。まずは芽を出したばかりの苗に日光を当てるため、育苗箱を覆っていたシートをはがす。作業時間は2人で約30分。水路から苗代に水を流し込めば、後は担当する棚田を回りながら、1枚1枚の田んぼに水を張っていく。この日は約10~15㎏の土嚢を田んぼに運び、水の流れをせき止める作業も行った。午前中に20カ所、お昼休憩をはさんで午後に10カ所の棚田を回り、夕方4時頃、また苗代に行ってシートを被せる。

農作業を終えた後は、サッカーの全体練習のため、十日町市から車で約30分の南魚沼市にある人工芝グラウンドに向かう。練習は午後5時から7時まで。最高気温が28度を超えたこの日、日中ずっと外での作業で体はきついはずだが、練習前に「農業は奥が深い。去年より少しでも効率よく丁寧に作業できるようにレベルアップして、さらにおいしいお米を作りたい」と話す山下さんの表情は明るかった。

山下さんだけでなく、練習中も選手たちには笑顔が多い。元井淳監督を中心に和気あいあいと広いグラウンドでボールを蹴り、全力で追いかける姿は、大好きなサッカーができる喜びにあふれているように見えた。

本来、チームの練習拠点は、十日町市内にある、廃校となった小学校を活用した施設(奴奈川キャンパス)だ。しかし、施設のある集落は毎年平均3メートル以上の積雪があり、雪の重みでサッカーゴールのクロスバーが折れ曲がった逸話があるほどの豪雪地。5月頃まで残る根雪と芝生の養生のため、施設のグラウンドは7月中旬から11月までの約4カ月間だけしか使えない。12~3月の冬場は施設内の体育館で、ひもで囲った長方形をゴールに見立てて練習する。そして4~7月は隣接市の人工芝グラウンドを借りる。

決して恵まれた環境ではない中、2020年にはサポートメンバーの協力を得て初参戦した新潟県女子サッカーリーグで全勝優勝し、2021年に北信越女子サッカー2部リーグ(日本女子プロサッカーリーグ=WEリーグから数えると5部に当たる)に昇格した。上位2チームが1部リーグに昇格できる中、2021年のシーズンは得失点差で惜しくも3位に。その雪辱を期す今シーズンは、開幕から3勝1分けと、幸先の良いスタートを切った。

順調にステップアップしてきたように思えるが、チーム設立からの道のりは厳しいものだった。

アートによる地域づくりを担うNPO法人が設立

FC越後妻有の母体は、「NPO法人 越後妻有里山協働機構」だ。2008年に設立された同法人は、世界最大級の国際芸術祭「大地の芸術祭」*の共催者として企画・運営などを担い、地元の廃校や空き家となった民家をレストランや宿泊施設、美術館に再生。アーティストや地元住民と協働しながら、その維持・管理や通年で観光・交流が楽しめるツアー、イベントを行う。

*「大地の芸術祭」は、越後妻有の広大な里山を舞台に、2000年から開催されている世界最大級の国際芸術祭。世界的なアートディレクターである北川フラム氏が総合ディレクターを務める。2018年は44の国・地域から363組のアーティストが参加。7月29日~9月17日の開催期間中に国内外から54万人以上が来場した。「旅とアートの祭り」を掲げる取り組みは、アートによる地域づくりの先進事例として国内外から注目を集めている。8回展となる2022年はコロナ禍による1年の延期を経て、初めて4月29日~11月13日という長期間で開催中。新潟県の財政支援が終了した後も活動を継続していくため、2008年に「NPO法人 越後妻有里山協働機構」が設立された。

地域の高齢化・過疎化が進む中、有名なイリヤ&エミリア・カバコフの作品「棚田」の一部である田んぼを皮切りに、耕作できなくなった棚田の保全を引き受けるようにもなっていた。同法人の事務局長を務める原蜜氏は「人件費とお米の価格を考えれば、どう考えても維持できないが、僕らには幸いにして大地の芸術祭というバックグラウンドとネットワークがある。それらを活かし、この地域の一番の自慢である米作りが維持できなくなることに対して抵抗したかった」と話す。

2022年6月、手作業で田植えをする選手たち(撮影:田中里美・日本大学芸術学部写真学科 写真提供:FC越後妻有)
2022年6月、手作業で田植えをする選手たち(撮影:田中里美・日本大学芸術学部写真学科 写真提供:FC越後妻有)

NPO法人内に農業チームを作り、地元農家とともに棚田の米作りに取り組む一方、会員を募って出資してもらい、配当として収穫した米を贈る「まつだい棚田バンク」を立ち上げた。棚田の半数は担い手が70歳以上という地域だけに、「棚田を引き受けてもらえないか」という相談が相次ぐようになったという。

同法人が保全活動に取り組む棚田は今や、同市松代地区を中心に約140枚、総面積は東京ドーム2つ分にも及ぶ。山間地や谷間に階段状に連なる棚田は急斜面にあるうえ、一つひとつの水田の面積も広くない。農機が入れない場所も多く、手間がかかって生産効率が悪いため、「きついところ」から担い手がいなくなる。だから、同法人が担うのは「きついところ」が多くなる。

2012年頃、引き受けた棚田が増えるにつれ、担い手をどうするかが法人の悩みの種になっていた。ちょうど、サッカー界ではJリーグでも平均24歳程度で辞めていき、それまでサッカー一筋だった選手のセカンドキャリアが大きな課題になっていた。女子はトップの実業団を含むほとんどのチームが、だれもが交換可能な仕事ばかりということが多いそうだ。競技を続けながらセカンドキャリアにつながる経験を積める場所づくりが課題のサッカー界と、地方の農村の課題が結びついた時、FC越後妻有のアイデアが生まれた。