舞台や屋外イベントにも広がる

透かし音を利用したバリアフリー鑑賞は、映画だけでなく、歌舞伎や狂言・能といった伝統芸能の世界にも広がる。横浜能楽堂では、より多くの人に能や狂言を楽しんでもらうために、2000年から「バリアフリー能」の取り組みを進めている。当初は聴覚障害者への情報提供として、パンフレットに詞章(台詞)を掲載し、舞台前にめくり台を設置して紙に書いた文字で場面の説明を行ってきた。その後、利用者にPSP(ソニープレイステーションポータブル)を渡してWi-Fiにより字幕を配信した。2015年以降は、ここに透かし音を使うようになった。

屋外の舞台で利用する例もある。江東区文化コミュニティ財団が主催する「薪狂言」がその一つ。薪狂言は、江東区文化センターの中庭に組まれた特設舞台で火を焚きながら講演される開放的な伝統芸能だ。聴覚障害者と日本語が理解できない外国人にも狂言を楽しんでもらおうと、2016年の公演から、iPod touchやiPad、スマートグラスなどを貸し出して日本語や英語などで台詞を表示させる試みを行っている(写真1)。舞台の場合は映画のようにタイムコードで情報を同期させることは難しいため、オペレーターが舞台を見ながらタイミングを合わせて情報を送信する(写真2)。

(写真1)屋外の舞台で行われた薪狂言での字幕表示
2017年の薪狂言では聴覚障害者向けではなく、インバウンド用として英語の字幕送信を実施した(左)。字幕はタブレットやスマートフォンだけでなく、スマートグラスで見ることもできる(右)。
(写真2)透かし音を送信するオペレーター
透かし音はオペレーターが舞台を見ながら、スピーカーに接続したパソコンで送信の指示を出す。

音波を利用したデータ通信技術の応用は、他にもさまざまな分野で期待されている。例えば最近は、電波と比べて屋外での利用に法規制がなく安定した通信が行える音波ビーコンを、公共の場での位置情報システムに活用する研究が進められている。そこに透かし音によるデータ通信を組み合わせれば、国内外の観光客に向けたバイリンガルでの道案内や、視覚・聴覚の障害者に向けた誘導、危険回避などの仕組みを、既存の音響設備を使って安価に構築することが可能だ。特に、駅などでは視覚障害者に対してホームの端に近づいていることを言葉で伝えたり、聴覚障害者などに電車の接近を振動とテキストメッセージで知らせるといったことができるため、安全を確保するためのインフラとしての利用例も増えていきそうだ。