モデル生物から長寿の手がかりを得る

抗老化に関する研究では、古くからモデル生物を用いた実験が盛んである。よく知られているのは、マウス、線虫、ショウジョウバエ、酵母などである。

マウスによる実験では、老化個体から老化細胞を除去することで臓器や組織の機能改善が見られた。また、老齢マウスと若年マウスを並体結合(お互いの脇腹を外科的に結合)したところ、老齢マウスには若返りの、若年マウスには老化の現象が見られたという(図2)。ここから、体液などの中に老化に影響する何らかの液性因子があるのではないかと推測されている。

(図2)老齢マウスと若年マウスを並体結合した実験結果
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(図2)老齢マウスと若年マウスを並体結合した実験結果
 出所:文科省提出資料

京都大学大学院 生命科学研究科の西田栄介教授は、線虫の「C.elegans」に断続的な飢餓状態を与えると寿命が60~80%延びることを発見。そこから寿命を延伸するのに必要な遺伝子群を同定し、その遺伝子群がヒトにも存在することを明らかにした。これは、ヒトの健康寿命延伸に関するメカニズム解明への大きなヒントである。

新しいモデル生物として注目されるのが「ハダカデバネズミ」だ。ほぼ無毛かつ大きな出っ歯が特徴の、アフリカ東部に生息するげっ歯類で、穴を掘って地中生活を営む。哺乳類には珍しく、アリやハチと同様の真社会性を持ち、女王デバネズミを頂点としてそれぞれの個体が役割を持ちながら群れで暮らしている。

マウスと同程度の大きさにもかかわらず、ハダカデバネズミは平均で約28年と言われる。これに対してマウスの平均寿命は約2年。一般に寿命は体の大きさに比例すると言われており、マウスとハダカデバネズミの平均寿命の大きな違いは異例といっていい。さらにハダカデバネズミは、これまで自発的な腫瘍形成がほとんど認められていないことから、がん化耐性の面でも驚異的な能力があるとされる。

2016年5月、北海道大学 遺伝子病制御研究所(当時)の三浦恭子講師、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授らの研究グループは、 “長寿命でがんになりにくい体質” のハダカデバネズミから、初めてiPS細胞の作成に成功した(写真1)。マウスやヒトのiPS細胞では未分化な細胞の混入により腫瘍が形成されるが、ハダカデバネズミのiPS細胞は未分化な状態でも腫瘍を形成しないことが明らかになった。これらの研究結果から、健康長寿やがん予防への応用が見込まれる。

(写真1)三浦准教授の研究室で飼育されているハダカデバネズミ、現在、400匹弱を飼育する
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(写真1)三浦准教授の研究室で飼育されているハダカデバネズミ、現在、400匹弱を飼育する
 写真提供:熊本大学大学院生命科学研究部 老化・健康長寿学分野

三浦氏は現在、熊本大学大学院生命科学研究部 老化・健康長寿学分野の准教授を務める。同氏は、新しくユニークなモデル生物について、次のように語る。「まだ研究は緒についたばかりだが、ハダカデバネズミからのiPS細胞作成は大きな一歩だ。まずはハダカデバネズミの生体が持つ老化耐性のメカニズムを明らかにし、老化を抑制する遺伝子などの因子を発見して、マウスやヒト細胞での再現を目指したい。これらの研究が実現した暁には、“デバ印の老化予防薬”の創薬も夢ではない」。