超高齢化が次第に進行し、今後の日本の社会システムはどのようになっていくのか。そこでのアンチエイジング医学の役割は何か。健康長寿クリニック院長の白澤卓二氏に、“健康寿命の秘訣”と、これからを生きる高齢者の心構えについて聞いた。


――老化を防ぐアンチエイジングが注目を集めています。平均寿命はまだまだ伸びていくと考えていいのでしょうか。


白澤 平均寿命はまだ伸びていくでしょう。ただ、それは必ずしも医学や薬学の進歩によるとは限りません。

20世紀に入ってから日本人の平均寿命は50歳から80歳へ、約1.5倍も伸びました。平均寿命の延伸に関して“革命”が起きたと言っていいでしょう。

寿命が伸びた要因は様々ですが、一番影響が大きかったのは生活環境の改善です。具体的には、上下水道が完備され、食生活が豊かになり、便利なライフスタイルに変化してきたことが大きい。

例えば100年前の日本の死亡原因を見ると、下痢、赤痢、結核、コレラなど、上位の多くが感染症なんです。しかし今、感染症で死ぬ人はほぼいなくなりました。これがなくなったのは上下水道をはじめとする社会インフラが整備され、清潔な環境に変化してきたからです。事実、未整備のアフリカでは、いまだにこうした感染症で多くの人が亡くなっています。

お茶の水健康長寿クリニック院長・白澤抗加齢医学研究所 所長を務める白澤卓二氏(撮影:小口正貴)

もう一つ、周産期死亡率の減少が決定的なインパクトを与えています。誤解されがちなのですが、平均寿命とは何歳まで生きたかの平均を集計したものではなく、ゼロ歳児が何歳まで生きるかの平均を推計したものです。今は出産時のアクシデントで死ぬことはありません。逆に死んだりしたら訴訟が起きるほどの大事件になってしまいます。しかし昔は、出産時に子どもとお母さんが死んでしまうことも、ままありました。


――社会環境の変化が大きいと。


白澤 そうです。さらにこうしたインフラ面だけではなく、寿命は社会状況にも左右されます。近年では、ロシアの例が挙げられます。エリツィン大統領の時代、男性の平均寿命が短くなりましたが、プーチン大統領の時代になって再び挽回してきました。エリツィン時代に増えたのは心臓病。経済的なストレスがかかると、その結果が心臓病になって出てくるのです。このことからも、社会経済状況が寿命に影響することは明らかです。


――そうした中で、アンチエイジング医学はどのように発展してきたのでしょうか。


白澤 もともと20世紀の半ばぐらいに、動物の個体寿命がどのように規定されているかという観点から始まりました。例えばネズミは3年、ゾウは60年、人間は最高で120歳ぐらいまで生きます。私はその学問領域を専門にしてきましたが、これまでいろんな学説が出てきました。

例えば活性酸素説。これは車が錆びるように人間の体も錆びる、だから物理学的な限界があるという理論です。1950年代に生まれた学説ですが、いまだにたくさんの論文が出てきています。

その学説に基づけば、錆びないようにすれば寿命が伸びるだろうという考え方が成り立ちます。その仮説に沿って抗酸化物質を使った動物実験を繰り返し繰り返しやるわけですが、なかなか寿命は伸びません。生き物の体は、それほど単純ではないということです。

次に1980年代になって分子生物学が主流になると、寿命をコントロールしている遺伝子を釣り上げることが可能になってきました。そこで線虫、酵母、ショウジョウバエ、マウスなどを使い、逆に寿命を制御している遺伝子を制御することによって長寿化の鍵を見つけようとする研究者たちがたくさん出てきました。ただ、それらの領域でもまだ、有効な解答は出ていません。


――アンチエイジング医学は効果がないということでしょうか?


白澤 そういうことではありません。例えば、数多くの研究を通して分かったことはあります。その一つが、カロリー制限が長寿命に効果があるという事実です。これはどの動物でやっても成果が出た。そのデータからすると、栄養のコントロールが寿命に与える影響は決定的なのではないかと思います。

ただ、アンチエイジング医学が目指しているのは、そうした単純な長寿命化や、老化そのものの防止ではありません。重要なのは、健康で自立して生活していける時間を伸ばすこと。それがアンチエイジングの本質です。

人生100年時代、長く健康を維持することが必須条件になります。人生のパフォーマンスからいえば、予防を身に着けて病気にならない人が明らかに“勝ち組”です。若い頃の評価軸は営業成績だったかもしれませんが、どんなに優秀な人も、がんで闘病していたら勝てませんからね。

50歳、60歳になると、体の内側に問題が起こるようになります。心臓病になる人、ならない人、がんになる人、ならない人――こうした違いが中年になって出てきます。70歳になると、アルツハイマー病になる人、ならない人が出てくる。80歳、90歳になると骨がもろくなる人とならない人が出てきて、健康状態が生活の質にダイレクトに影響するようになります。

アンチエイジングと聞くと、世の中の人はシワのお手入れを思い浮かべるかもしれませんが、本来は違います。薬品などを使って老化を治すというのとも違います。本質は、80歳、90歳になっても、認知症や骨粗しょう症、がんを発症しないよう、予防することなのです。


――先生が考える勝ち組のモデルは誰ですか。


白澤 例えば日野原先生(日野原重明氏、元聖路加国際病院名誉院長。2017年7月18日に105歳で死去)。先生は100歳を超えても精力的に講演会を行い、最後の最後まで生涯現役で働いて亡くなられました。

それからプロスキーヤーで登山家の三浦雄一郎さん。三浦さんは80歳でエベレストに登頂して、日本国民に大きなインパクトを与えました。たった1人のパフォーマンスで、ですよ。彼の影響で80代の高齢者がウォーキングを始めたりすれば、回り回って高齢者医療費の削減効果につながります。