スマートフォンやウエアラブルデバイスが普及し、生体データが手軽に計測できるようになった。その影響で、一般層に「スポーツ×ITヘルスケア」の意識が高まりつつある。こうした中、さらに一歩進んでデジタルヘルスをスポーツや健康づくりに応用する動きが活発化している。産学連携、巨大医療企業、スポーツジム――3者3様の取り組みと、未来への展望を追った。

「健常者へのITヘルスケアの浸透には、アスリートによる成功事例が不可欠」。大阪市立大学大学院工学科研究科の原晋介教授は話す。膨張を続ける社会保障費を抑制するためには、日常的なヘルスケアを実践していくしかない。そこでスマートフォン(スマホ)を中心としたICTが鍵になる。とはいえ、「積極的にヘルスケアアプリやウエアラブルデバイスを使うのは健康オタクばかり。健常者ほど健康には取り組まない」(原教授)。そこで、アスリートによる成功事例を見せ、それを真似る人を増やしてムーブメントにつなげていこうというのが、原教授の考えである。

原教授は無線通信のスペシャリストであり、長く工学畑を歩んできた。そして約10年前、医工連携のプロジェクトに参加したことをきっかけにヘルスケア領域に関わるようになった。その手腕を買われ、数年前に医療と工学をつなぐハブとしてITヘルスケア学会に参画、現在は同学会の理事を務める。

大阪市立大学大学院工学科研究科の原晋介教授

これまでのヘルスケアとの関わりの中で原教授は、一般の健常者がなかなかヘルスケアに興味を持たないことを痛感したという。そこでまず、アスリート特化型ウエアラブルデバイスを開発し、運動データを分析しながら成功体験を作ることを目標に掲げている。「アスリートがウエアラブルデバイスを利用してきちんとした健康管理を実践したら、五輪で金メダルを取ることができた――そうした強烈なエビデンスがあれば、ITヘルスケアに対する見方もがらりと変わってくるはずだ」(原教授)。

このプロジェクトは、大阪市立大学、関西大学、明治大学、沖電気、シンセンス(大阪大学・京都大学が中心の半導体開発ベンチャー)が連携し、情報通信研究機構(NICT)の委託研究事業として動き始めている。

開発しているのはスポーツパンツのゴム部分に引っかけるデバイスで、心拍数、消費エネルギー、体表温度の3つを高精度で計測できる(写真1)。無線伝送には高速かつ安定した産業用の920MHz帯を採用する。これにより、「リアルタイムにデータを採取して、身体の状態、健康状態を現場で確認できる」(原教授)。関西大学サッカー部のほか、Jリーグに加盟するプロクラブにも協力を仰ぎながら研究を進め、いずれはサッカー以外にも応用したいと話す。

(写真1)開発中デバイスのプロトタイプ(イメージ)

原教授はさらに、アスリートモデル同様に高度な計測ができる小型・軽量の子ども用デバイスを開発している。小学校の体育の授業で児童に装着してもらい、生体データをモニタリングする。児童は運動量と消費エネルギーの相関関係を理解できるし、教員は遠隔でも適切な運動データを把握できる。特に重視しているのは、子どもに対するヘルスリテラシー教育。小学生に生体データを日常的に記録・観察するよう刷り込めれば、成人してからも健康への意識が持続する可能性が高まる。

「最も重要なことは行動変容と継続性。これほど簡単に生体データが計測できる時代にもかかわらず、今の学校ではITヘルスケア機器の使い方は教えてくれない。子どもたちが自ら生体データを記録・観察する習慣が身につけば、健康に対する考え方が変わってくる」(原教授)。健康意識の変換は10年先、20年先を見据えた長期ビジョンが必要となる。2020年の東京五輪には間に合わないかもしれないが、やがてはデジタルヘルスネイティブの選手が五輪で活躍する日が来るかもしれない。