「簡易なウエアラブルデバイスで正確な体温を計測したい」。自らの経験をもとにヘルステックのハードウエアスタートアップを立ち上げた女性がいる。目指すは管理医療機器。女性向け、熱中症対策からスタートするが、人間と切っても切れない体温だけに、その活用方法は幅広い。具体的なソリューションや目指すビジョンなどについて聞いた。

“自分の体験”を起点とするヘルステックが増加中

ここ数年、ヘルステック界隈では自らの体験に基づいて起業するケースが増えている。自分や家族の病気を治したい、経過観察を楽にしたい、予防を効率的に行いたい――。それもこれも、テクノロジーが進化したおかげだ。たとえ専門外であっても既存のオープンなサービスを組み合わせることで“自分の思い”を具現化できるようになってきた。

2010年代前半はバーチャルなソフトウエアが多数を占めたが、中盤以降はIoT化の波に伴ってアプリと連動するハードウエアスタートアップが出てきた。排泄予測デバイスの「DFree」は個人販売のみならず、医療・介護の現場を中心に注目されつつある。トリプル・ダブリュー・ジャパン代表の中西敦士氏が海外留学中に“おもらし”をしてしまったことが開発のきっかけだった。

サイマックスはトイレ取り付けセンサーによって尿を分析し、社員の体調管理を行う「スマート体調チェック」を提供。創業者の鶴岡マリア氏は母が病気で苦しむ姿を見て、「簡単に不調を発見すること」を原動力とした。注意欠如・多動症(ADHD)を抱えるHoloAshの岸慶紀氏は、ホログラフィックインターフェースの対面式デバイスを開発中。24時間、AI(人工知能)に自分の悩みを聞いてもらうことでメンタルをサポートする。abaの宇井吉美氏は、祖母のうつ病介護から得た「介護者側の負担を減らしたい」との思いから、においセンサーでおむつの交換タイミングを見極める「Helppad(ヘルプパッド)」を開発した。

HERBIO代表取締役の田中彩諭理氏も、そんな起業家の1人だ。月経前症候群(PMS)に悩み、舌下体温計による基礎体温計測を続けていたが、「えづくこともあり、なかなか継続が難しかった」と話す。さらに、自宅で介護していた祖父の不調に気づかず亡くしてしまった経験が重なった。

HERBIO 代表取締役の田中彩諭理氏(写真:小口正貴、以下同)
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「体温は、体調の変化にいち早く気づくことができる身近な資料。そこで、継続が容易なウエアラブルの体温計があればいいのにとの思いから起業しました」と田中氏。現在、へそに装着するタイプのウエアラブル体温計「Picot(ピコット)」の開発に励んでいる。

Picotの市場投入は今後1〜2年以内を目指す。社名にもなっている女性向けの体調管理アプリ「HERBIO」はすでにリリース済みで、いずれはデバイスとの両輪でソリューションとして提供する予定だ。中核メンバーはまだ数人だが、「今は種をまいている状態。まずは地道にエビデンスを構築していきたい」と堅実な姿勢を貫く。

自分の体を管理するという、ある意味で究極のニーズドリブンから始まったHERBIOの挑戦。具体的なソリューションや目指すビジョンなどについて田中氏に話を聞いた。

IoTスタートアップで経験を積む

――もともと医療関連を専攻されていたんですか。

大学院へ進学し、臨床心理を専攻していました。具体的には精神医学、うつ病のリハビリなどです。人の命、人の苦しみを助けたい――。それがコアでやりたかったことでしたから。

一方で心理の世界は指標化が難しく、どこまで人を助けられるか不明瞭な部分があります。学びを続ける中で、果たしてそれでいいのかと思うようになって。その結果、よりデータを可視化できる分野に取り組みたいと思ったのが起業を考え始めたきっかけです。それが2015年頃のことですね。

――当時は徐々にIoTが話題になってきた頃です。最初から自分で立ち上げたのですか?

いいえ。まずはウエアラブルデバイスを作りたいとの思いから、IoTスタートアップのMAMORIO(主力商品はBluetooth搭載の忘れ物検知デバイス)に入社しました。社員番号一桁台の超初期の社員です。そこでIoTやBluetoothの仕組みを学び、工場との交渉における製造調整、カスタマーサポートの構築、経営企画、人事・労務管理まで、あらゆることを担当させてもらいました。現場で経験を積んで、ノウハウを蓄積することが最も近道だと思ったので。あの体験があったからこそ、今があると言えます。

MAMORIOに1年半在籍した後、共同創業者の丸井(朱里氏)をスカウトし、2017年に創業しました。丸井は体温、ホルモン、熱中症の研究者で、弊社のCRO(Cheif Research Officer)であるとともに、現在も並行して早稲田大学人間科学学術院で助教を務めています。

私自身が論文の検索をしている中で、彼女が書いた記事を見つけて。基礎体温の専門家が書いている記事はなかなかなかったので印象に残り、そこからすぐにFacebookで探してアプローチしました。

――すごい行動力ですね。

最初は驚いていました。でも一緒に研究を進めて行くにつれ、早稲田大学のビジネスコンテストで優勝を勝ち取るなどして自信を深めてきたんです。特に我々のようなヘルステックはエビデンスとメンバーの信頼性が重要になってきます。その意味でも丸井は研究、私はハードウエアの構築を分担し、しっかりと体制を作りたいと考えていました。だからこそ今でもアカデミアに所属しながら論文を発表していることは大きな武器なんです。

――少しずつ出てきてはいますが、ヘルステックで女性が主導するハードウエアスタートアップはまだまだ珍しい存在です。

そうですね。尿で検知するサイマックス、においセンサーのabaぐらいでしょうか。PMSにフォーカスしている点でHERBIOと重なるコニカミノルタの「Monicia(モニシア)」の担当者ともお会いしたことがあります。あのソリューションでは衣服内体温計を採用していますが、我々が開発しているPicotはへそ部に装着して深部体温を継続的に計測することを狙いとしています。

Picotのプロトタイプ。突起部にセンサーを搭載。製品化の際にはシリコンのような柔らかい素材を用いて、さらなる小型化を図る
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PicotはクラスIIの管理医療機器を目指しています。大まかにいえば、これまでの体温計の発展形。センサーと通信機能を搭載し、ソフトウエアのアルゴリズムで体温による体調変化の兆しを分析するのです。