花王は、認知機能の評価指標として血中のD-アミノ酸が有用であることを発表した。東京都健康長寿医療センターとの共同研究によるもので、今後、認知症早期スクリーニングの指標として期待されるという。なぜ大手化学メーカーが認知症研究に携わったのか。その理由と狙いを、研究担当者である花王 解析科学研究所の木村 錬氏に聞いた。

認知症の早期診断には、簡便な方法が必須

――認知症の研究に乗り出したきっかけは。

木村 花王はこれまで、健康や衛生に関する領域で生体研究にも注力してきた。近年はESG視点の事業戦略を本格化させたこともあり、社会貢献を視野に入れたモノづくりを掲げている。そうした中、解析科学研究所もESGを見据えた課題解決型の研究ができないかと考えるようになってきた。

日本のみならず世界が抱える大きな社会課題として、認知症は避けて通れない。日本では要介護・要支援原因の約2割が認知症と言われ、いまだに根本的治療薬が存在しない。しかし、認知症の前段階であるMCI(Mild Cognitive Impairment、軽度認知障害)で気づいて予防できれば、将来的に認知症になるリスクが低くなるとの研究結果が出ている。だからこそ、健常期、MCIの段階での認知症の早期診断が重要になってくる。

花王の木村氏。栃木にある研究所とオンラインで取材した(提供:花王)
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だが、現状では早期診断が難しい。何かおかしいと思って病院に行ったときにはすでに遅い。MRIやアミロイドPETなどの画像検査、もしくは髄液検査などがあるものの、どれも症状が出てからの人を対象にしている。これら専門検査はとても高額だったり、高侵襲で痛みを伴ったりする問題もある。理想は、健康診断のように自然な形で検査してもらえること。そこで血液検査に着目した。採血なら早期の介入が可能になるからだ。

――そこからD-アミノ酸へと結びついたと。

木村 そうだ。アミノ酸にはプロリン、セリン、チロシン、ロイシンなどの分子種がある。そしてそれぞれの分子種に形状・大きさも同じなのに、鏡に映ったような構造になるL体とD体が存在する。このようにL体とD体に識別したアミノ酸をキラルアミノ酸と呼ぶ。

キラルアミノ酸のイメージ(提供:花王)
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通常、アミノ酸といえばL-アミノ酸を指す。D-アミノ酸はもともと微生物にしかないと言われてきたが、ヒトを含む哺乳類にもごく微量あることがわかってきた。さらに最近の研究では、認知機能にD-アミノ酸が関わっていることが報告されつつある。なので血中のD-アミノ酸を解析すれば、認知症の早期診断に使えるのではないか。そんな思いを込めて技術開発をスタートした。

――開発した技術はキラルアミノ酸を迅速・高感度に解析するものだが、具体的にはどんな内容か。

木村 そもそもキラルアミノ酸の分析はハードルが高く、花王としても初の試みだった。まずは分子種を一般的なカラム(試料分離用の管)で分画(成分に分けること)し、その後にキラルカラムで分離するステップを踏まなくてはならない。つまり、分子種を分ける方法とD体とL体を分ける方法が全く異なり、工程も違う。

我々が開発したかったのは、容易かつ高精度に、しかも早い時間で分離解析が可能な方法だった。高精度に分離する最先端技術もあるのだが、複雑な装置に加え多大な労力と時間がかかる。それだと、認知症の早期診断に向けての普及は難しい。そこで分子種・キラルを同一移動相(試料を分離するための媒体)によって、一斉分析する技術を開発した。これにより、約20分という短時間で血中のキラルアミノ酸を解析できる基盤が完成した。

開発した技術の詳細(提供:花王)
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