慶應義塾大学医学部発のスタートアップが、ゼロから開発した「Smart Eye Camera」。眼科医が使うスマホ装着型の医療機器で、すでに国内外での活用が進む。携帯性や通信機能を生かし、離島や開発途上国での遠隔医療にも役立てるという。現役の医師が取り組む挑戦を、前後編の2回に分けて紹介する。

進取の気性に富む慶大医学部発のベンチャー集団

OUI Inc.(ウイ、以下OUI)は、慶應義塾大学医学部発の有望スタートアップの1つ。2016年に同大医学部の眼科医3人が共同創業した同社は、スマートフォン(スマホ)に装着するアタッチメント型医療機器「Smart Eye Camera」(以下、SEC)をゼロから開発し、およそ1年半の歳月をかけて完成させた。2019年6月に「一般医療機器(クラスI)」の届け出を行ない、すでに国内外の医療現場で活用されている。

SECによる診療の様子(出所:OUI Inc.)
SECによる診療の様子(出所:OUI Inc.)
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代表取締役を務める清水映輔氏はドライアイを専門とし、今も週3日のペースで臨床を担当する。実家が眼科医院(横浜けいあい眼科)という生粋の医師であり、「自分が現場にいることはOUIの大きな価値」と認める。SECの開発経緯や社会への貢献、OUIがめざす地点などについて話を聞いた。

ベトナムでひらめいた“スマホによる眼の検査”

――SECの開発は、NPO法人での活動がきっかけになっているそうですね。

清水 日本には「ファイトフォービジョン(以下、FFV)」というNPO法人があります。FFVは開発途上国の患者に対する眼科の診療・治療支援を行なっており、代表的な活動の1つが無料の白内障手術支援です。白内障は世界の失明原因の半分を占める疾患ですので、白内障を治療すれば失明を回避できる確率が高まります。その啓発と治療を兼ねてFFVは活動しているのです。

OUI Inc.代表取締役の清水映輔氏(写真:小口正貴)
OUI Inc.代表取締役の清水映輔氏(写真:小口正貴)
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私はFFVの派遣医師として2017年10月にベトナムを訪問しましたが、あれだけ伸び盛りの国であるにもかかわらず、地方は本当に貧しい環境で驚きました。眼科医による診断は患者の目にスリット光という特殊な光を当て、跳ね返ってきた光を拡大して判断します。この検査に必要な細隙灯(さいげきとう)顕微鏡が地方の病院にはどこにもなかったのです。日本でも400万〜500万円ほどする高価な機器ですし、据え置きで場所も取るので当然かもしれません。

加えて眼の病気に対する意識の低さも関係しています。とりわけ開発途上地域では眼科は診療科としてマイナーで、どうしても身体の重要な部分の疾患が優先されてしまいます。いまだに「歳を取ったら目が見えなくなるのは当たり前」との思いが根底にあります。

そうした考え方が根付いている患者の方々に介入して白内障の検査を行ないましたが、いま話したように検査用の適切な医療機器がありません。細隙灯顕微鏡の代わりに、ペンライトや患者が持っているスマホのライトを使って目視することが当たり前になっていました。

私も試しにスマホのみで撮影してみましたが、眼の中までは確認できず、良質な映像が撮れませんでした。角膜は直径約12㎜の組織。これだけ小さな対象を撮影する場合、スマホのカメラ機能だけだと像がブレてしまいます。そこから具体的に、「検査用の光源と、眼を拡大する機構をスマホの外部アタッチメントで補助するのはどうか」とのアイデアへと発展しました。

医療機器がない中、スマホのみの検査で奮闘するベトナム派遣時の清水氏(出所:OUI Inc.)
医療機器がない中、スマホのみの検査で奮闘するベトナム派遣時の清水氏(出所:OUI Inc.)
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――開発の過程はどのようなものでしたか。

清水 ベトナムから帰国後、(DIY工房の)「TechShop Tokyo」(2020年2月閉店)の代表がちょうど慶應義塾大学に講演に来ていたんです。共同創業者である私と明田(直彦氏)、矢津(啓之氏)がSECのもとになるプランをTechShop Tokyo の代表に話したところ、「それならうちでプロトタイプが作れますね」と快諾してくれました。

TechShop Tokyoには3Dプリンターやレーザーカッターなどがあったので、開発には最適でした。プロトタイプにかけた時間は1年ほど。もちろん設計のノウハウなどまったくありませんから、周囲の人に教えてもらいながらフリーソフトでCAD(コンピュータによる設計)ファイルを作るところから勉強しました。

――とはいえ、清水先生は現役の医師でもある。そこまで先生を突き動かした思いは一体何でしょう?

清水 大げさかもしれませんが、これまでの常識を覆すツールを完成させたいとの思いがモチベーションになりました。SECによって、世界のあらゆる場所で失明を防ぐ手段が確立されたわけですから。しかも、それを支えるのは日本の高い技術力です。

これまでもスマホにつけるタイプの類似ツールはありましたが、ほとんどが別光源を必要とします。そうすると光源に関する許認可のハードルも上がりますし、充電の問題も出てきます。我々はそれらをすべて取り払い、スマホの光源とカメラで使えるシンプルな医療機器にしたかった。このシンプルさが我々の知財の強みになっています。完成したときは本当に興奮しましたね。