大学発ベンチャー支援が盛んなことで知られる慶應義塾大学医学部。そこから飛び出したOUI Inc.は、眼科医が使う医療機器「Smart Eye Camera」を開発し、「2025年までに世界の失明を半分に減らす」ことを掲げて活動している。現役医師がなぜ自らスタートアップを興したのか。OUI Inc.代表の言葉から、今を生きる医師ならではの“社会との関わり方”を探る(前編はこちら)。

眼科医が開発した医療機器としての矜持

2015年に学校教育法が改正され、大学の責務に研究・教育に加えて産業創出が加わった。最高学府の優れたシーズを積極的に世に送り出し、今までにないイノベーションを起こすことが目的だ。

この精神に則り、独自のイノベーション活性化を推進しているのが慶應義塾大学医学部である。2019年6月には慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会を発足させ、ベンチャーエコシステムの醸成を図っている。汗中の乳酸濃度を測定するウエアラブルデバイスで疲れを可視化するグレースイメージング、細胞を使わない再生材料開発に挑むMatriSurge、視覚再生遺伝子治療薬を開発するレストアビジョンなど、現在では16社を数える企業が生まれた。

OUI Inc.(ウイ、以下OUI)も、慶大医学部発のスタートアップである。2016年に眼科医3人が共同創業し、スマートフォン(スマホ)装着型の医療機器「Smart Eye Camera」(以下、SEC)を開発。シンプルでどこにでも持ち運べる優位性を生かし、世界のあらゆる場所で眼科の検査をできるようにした。自ら「これまでの常識を覆すツール」と語るゲームチェンジが起きるとする背景を、代表取締役の清水映輔氏に聞いた。

――画期的な医療機器のSECですが、その特徴を教えてもらえますか。

清水 SECはシンプルでありながら、眼科医が専門的な検査に利用する細隙灯(さいげきとう)顕微鏡と同等の性能があります。これは我々が発表した論文でも裏付けられており、ドライアイ診断が可能であることも証明されています。日本では専用アプリを同梱した状態で2021年から販売しており、2021年6月にはEU(欧州連合)で「CEマーキング」(指定の製品がEUの基準に適合していることを表示するマーク)を取得しました。アプリによってDtoD(Doctor to Doctor)の遠隔診療補助も可能です。

SECはスマホ装着型の医療機器。装着するだけで眼科検査に必要なスリット光を当て、眼の中を拡大することができる(出所:OUI Inc.)
SECはスマホ装着型の医療機器。装着するだけで眼科検査に必要なスリット光を当て、眼の中を拡大することができる(出所:OUI Inc.)
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――海外ではアフリカのマラウイ共和国やケニア共和国で実証を行ない、日本でも東京の有人離島で活用していると聞きました。これまで専門的な眼科の医療が届かなかった地域で効果を発揮していますね。

清水 そうした公益性の高い利用以外に、眼科に来る患者を増やしたい目的もあります。SECは既存医療機器のリプレースではなく、どこでも使えるスクリーニングツールなのです。従来は、眼の異常を自覚してから眼科に来る患者がほとんどでした。しかしSECによってさまざまな場所でスクリーニングすることで、眼科に行くべきかどうかを早期に判断できます。

国内で人間ドックや健康診断を受診している人は3000万件いると推測されています。しかし眼科が法定健診あるいは人間ドックで実施する項目では、専門的な診断機器がないために、有病率の非常に高い白内障など、前眼部疾患は診断できないのが現状です。そこで2021年4月からは、試験的に慶應義塾大学病院の人間ドックで活用しています。国内では予防、海外では診断に近いイメージです。

ケニア共和国での診断の様子(出所:OUI Inc.)
ケニア共和国での診断の様子(出所:OUI Inc.)
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将来的にはデバイスの広がりも想定しています。SECは前眼部を検査する機器ですが、現在、眼底検査ができるデバイスを開発中です。そのデバイスとSECを組み合わせて使えば、スマホ1台でより高度なスクリーニングができるようになります。

――眼科用の医療機器としてはゲームチェンジャーだと思いますが、国内では卸を使わずに流通しているそうですね。そこにはどのような狙いがあるのでしょうか。

清水 最終的には血圧計のように多くの家庭にあるのが理想ですが、SECは専門的な医療機器です。仮に日本の眼科医全員が所有したとしても1万6000台ですので、ある程度までは3Dプリンターで制作できるからです(編集部注:SECはリベルワークスが製造・販売を担当)。

類似ツールを手がける競合他社は医療機器メーカーと組んで流通していますが、国内に限れば卸を入れる必要性は感じません。逆にメーカーと組むことで色がつくことを避けています。私はいまでも臨床の現場に立つ現役の医師ですから、特定企業との公平性を保ちながら活動するよう心がけています。あくまでも「眼科医が興したスタートアップ」が開発した姿勢を貫きたいとの思いが根底にあります。