治療用アプリに限らず、医療現場、または医師と患者をつなぐITツールの領域はまさに百花繚乱の様相を呈している。昨今ではプログラミングの素養を身につけた医師も多く、デジタルに対する垣根が低くなっていることも大きな要因と言える。
例えば医師用コミュニティサイトの先駆者であるメドピア、医師同士の質問解決プラットフォームを展開するアンター、LINEから簡単に予約できる病児保育支援システムのコネクテッド・インダストリーズ、在宅心臓リハビリを支援するリモハブ、健康経営支援のiCARE、医療・ヘルスケアプラットフォームのメディカルノートなど、枚挙にいとまがない。これらはすべて、医師が創業したものだ。
大企業と協業する例も出てきた。東北大学加齢医学研究所発のスタートアップであるCogSmartは、頭部MR画像解析による脳健康測定プログラム「BrainSuite」を開発。同社はフィリップス・ジャパンと業務提携し、BrainSuiteの販売のみならず、マーケティング、プロモーションを含めて支援を受ける予定だ。
21世紀だからこそ成し得た“医師が挑む”AIと医療機器
手術支援や画像診断支援で進むのがAI(人工知能)の活用。2010年代後半以降、ディープラーニングの発展により、急速に医療分野での実用化が見えてきた。
その名もAIメディカルサービスを経営するのは、多田智裕氏。自らのクリニックであるただともひろ胃腸科肛門科を運営しながら、AI搭載の内視鏡画像解析ソフトウエア開発に挑む。2万例を超える内視鏡検査を通じて「病変の見落とし」の課題に直面した多田氏が、解決の糸口にディープラーニングを適用しようと思い起業した。開発したAIは、内視鏡医20人とのピロリ菌胃炎判定で医師の平均を上回る正解率を達成するまでになった。共同研究施設には国内を代表する錚々たる病院が並ぶ。
DeepEyeVisionはAIによる眼科画像診断支援サービスを提供。医療機関が眼底画像をクラウドにアップし、それをAIが解析して候補となる疾患名を読影医に教える。自治医科大学准教授の髙橋秀徳氏が立ち上げた同大発のスタートアップで、2021年4月にはシーメンスヘルスケアと提携した。
UbieはAIを問診に生かす。医療機関向けサービスでは事前問診による診察業務の効率化を図り、一般生活者向けサービスでは医師監修の質問に答えることで関連疾患や対処法を無料で調べることができる。共同代表取締役の阿部吉倫氏は医師だが、もう1人の久保恒太氏はエンジニアであり、二人三脚で会社を大きくしてきた。同社は「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」ことをミッションに掲げる。
モノとしての医療機器を開発する医師がいるのも、いまの時代の特徴だ。日本に推定100万人いるとされる大動脈弁狭窄症の早期発見をサポートする超聴診器を開発するAMIは、熊本大学医学部卒業の医師、小川晋平氏が率いるスタートアップ。小川氏が現場で心音異常を聞き逃してしまうリスクを経験したことが発想の原点となった。独自のアルゴリズムとデータ処理によって医師の正確かつ迅速な聴診をサポートする仕組みだが、ハードウエアの試作からAIアルゴリズムの開発までを一気通貫で行なうなど、取り組みの姿勢は徹底している。
慶応大学医学部発スタートアップのOUI Inc.(ウイ)は、スマートフォン装着型の医療機器「Smart Eye Camera」を開発。シンプルなアタッチメント式でありながら、眼科医が専門的な検査に利用する細隙灯(さいげきとう)顕微鏡と同等の性能があると論文でも証明され、2021年6月にはEU(欧州連合)で「CEマーキング」(指定の製品がEUの基準に適合していることを表示するマーク)を取得。医療が行き届いていない国での活用も見込む。
「mediVRカグラ」はVRを活用したクラスIの医療機器。島根大学医学部を卒業した循環器内科専門医の原正彦氏が代表を務める、2016年創業のmediVRが手がける。仮想空間上の狙った位置に手を伸ばす動作を繰り返すことで、姿勢バランス、二重課題型の認知処理能力(考えながら体を動かす能力)を鍛える効果がある。2021年7月には5億円の資金調達を行ない、世界初となる成果報酬型自費リハ施設を2021年中に開設予定。あらかじめ設定した目標達成に応じた分だけ費用がかかる画期的な仕組みだという。
ここまで駆け足で見てきたが、実にバラエティに富んでいることが見て取れるだろう。今後もさまざまな領域で医師が起業するスタートアップは増えていくに違いない。冷静に考えれば開業医も起業に違いないが、新しい時代を切り開くのはここで紹介したようなテクノロジードリブンの医師たちなのではないだろうか。心を躍らせながら未来を待ちたい。
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