社会のさまざまなシーンでDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む現在。歯科領域にもその波が押し寄せている。今回紹介するのは、現役の歯科医とベンチャーが手を組んで開発する“歯医者に通いたくなるアプリ”。その先には、日本における予防歯科を浸透させ、歯科業界を変えていきたいとの思いがある。

コンビニより多い歯医者さん、でも日本人は痛いときしか行かない

厚生労働省「医療施設動態調査(令和4年1月末概数)」によれば、日本の歯科クリニックの数は6万7771施設。薬局の数が約6万軒、コンビニが約5万6000軒であることを踏まえると、いかに多いかがわかるだろう。

しかし、多くの日本人にとって歯科クリニックは、薬局やコンビニのように気軽に訪れる場所ではない。歯が痛い、詰め物が取れた、歯茎の出血が止まらないなど、緊急時に足を運ぶ人がほとんどだ。気がつけば何年も歯科クリニックに行っていない、そんなケースは決して珍しくない。

一方、欧米では定期的に歯科クリニックに通う習慣が定着している。痛くならないように歯科検診を行なう予防歯科の考え方が徹底しているからだ。ライオンの2014年の調査では、スウェーデンや米国の予防歯科実践率は約7割に対して、日本は26.2%と如実に差が現れた。

米国やドイツは審美歯科への意識も高い。2021年にパナソニックが発表した調査結果によると、歯並びを気にする割合は米国が43%、ドイツが42%に対し、日本は13%。さらに初対面では、日本が体形、服装、髪型を見るのに対し、米国やドイツでは「はじめに歯(歯並びや色)を見る」ことが明らかになった。かように欧米では、歯並びの良さは一種のステータスシンボルなのである。

初対面時、ドイツでは目と並んで歯を見ることが1位に(出所:パナソニック)
初対面時、ドイツでは目と並んで歯を見ることが1位に(出所:パナソニック)
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人生100年時代の流れを受け、国を挙げて予防医療を推進する中、歯にフォーカスした予防歯科をもっと浸透させるべきではないか。そのためには自らの口腔内の状況を把握し、クリニックに行きたくなる後押しが必要だ――。そうしたコンセプトのもと、現役の歯科医とベンチャーが協力して“歯の状態を可視化するアプリ”の開発に着手した。

アプリの名は、「ハオシル」(歯を知るの意味)。東京・表参道で自由診療歯科の「Tokyo-Ite Dental Clinic」を経営する黑田哲郎氏が事業監修を手がけ、歯科矯正装置を製造するシープメディカル(東京都中央区)がアプリ開発を担当する。黑田氏とシープメディカル執行役員 CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)の東大貴氏に狙いを聞いた。

患者自身が歯のコンディションをアプリで確認

――ハオシルを開発しようと思ったきっかけは?

黑田氏 そもそも、日本人の歯に対するヘルスリテラシーが低いという背景があります。健康を維持するためではなく、痛みを解決するために歯科クリニックに駆け込む人がほとんどです。80歳になっても20本の歯を保つ「8020運動」は良く知られていますが、海外の常識に照らし合わせればそれは当然のこと。予防歯科が進む欧米では小さい頃から「歯は財産」と教育されるので、まずは予防して歯を大事にする文化が根づいているのです。

黑田哲郎氏(左)と東大貴氏(写真:小口正貴)
黑田哲郎氏(左)と東大貴氏(写真:小口正貴)
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審美歯科の観点でも同様です。1つの例として、八重歯をかわいいと捉えるのは日本独特の文化と言えます。海外では「Devil’s Teeth」などとやゆされ、真っ先に矯正の対象となりますから。日本の歯科矯正は自由診療のため、ぜいたくな治療として捉えられがちですが、噛み合わせを整える意味でも非常に重要です。食物を摂取して消化する作業は、まず歯でそしゃくして唾液と混ぜることから始まります。噛み合わせの悪さはそしゃく不良のみならず、さまざまな病気を引き起こす要因にもなります。

このような意識の低さを変えたいとの思いから、ハオシルを着想しました。アプリで自分の歯の状態を知り、日常的に歯科クリニックに通うモチベーションを保つための仕掛けをふんだんに取り入れています。

――現在開発中とのことですが、具体的な内容は。

黑田氏 口腔内のコンディションを数値化して、データから客観的な評価を提示。その上で、「こうした治療をすれば、これだけ口腔内が健康になる」とのゴールを設定します。運動と同じように、歯の健康を維持するには明確なゴールが重要になるためです。また自分のデータにあわせて、歯に関する記事や動画などを提案してヘルスリテラシーを向上させるコンテンツを想定しています。

東氏 例えば歯周ポケットとはどんなものなのか、歯垢と歯石の違いとは何かといった基礎的な内容に始まり、放置するとどのような影響を及ぼすのかまでの知識をセットで提供します。ハオシルを使うことで歯の健康の大切さを啓発し、予防歯科の意識を高めていきます。

今の時代、どんな領域でもユーザーはネットからたくさんの情報や知識を吸収することに慣れているじゃないですか。しかし、歯の治療に関しては痛みを感じないと自分ごとにならないため、どん欲に吸収してきませんでした。きちんとした知識を与えてあげることで、自分に合ったクリニック、あるいは必要な施術を選択できるような世の中に変わっていくと考えています。

開発中のハオシルのアプリイメージ(写真:小口正貴)
開発中のハオシルのアプリイメージ(写真:小口正貴)
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――歯科医にとってのメリットは何でしょうか。

黑田氏 患者のしっかりとしたデンタルコンディションをデジタル化できる点です。患者に紐付いたデンタルコンディションをアプリで一元的に管理できるようになれば、クリニックから予防歯科を促すことが容易になります。電話などのアナログな方法ではなく、デジタルで自動化できるからです。

今の保険診療は自転車操業に近く、丁寧な施術をしようと思っていても回らない現実があります。その現状を打開し、より良い歯科サービスを届けるための支援ツールとして活用してほしいとの思いもあります。