太陽光発電事業者のための法律Q&A

「メガソーラー裁判」を読み解く、地裁の判断はなぜ覆ったのか?(後半)

<第76回>東京高裁・伊豆高原メガソーラーに関する判決の解説

2021/07/07 12:00
弁護士法人 匠総合法律事務所 代表社員弁護士 秋野卓生

控訴棄却も、実質的に地裁の判決理由を否定

 2020年6~8月のこのコラムで、静岡県伊東市八幡野の大規模太陽光発電所(メガソーラー)建設に関する訴訟に関して解説しました(関連記事:「メガソーラー裁判」を読み解く、「行政裁量」の逸脱・濫用とは?)。

 この案件の事業者である伊豆メガソーラーパーク合同会社(同市)が、市による事業地内河川の占用の不許可処分取り消しを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は4月21日、市に取り消しを命じた一審の静岡地裁判決を支持し、市側の控訴を棄却しました。

 東京高裁の判決は、事業者に処分理由を十分に提示していない伊東市の手続き上の不備を認める一方、事業者が主張する「条例前の着工」は、市の事業許可の条件である防災措置の先行実施がないことなどから認定せず、実質的に「市が事実誤認の条例違反を理由に不許可とした」地裁の判決理由を否定し、伊東市が法令などの適合性も勘案し不許可処分とすること自体は「裁量権の逸脱や乱用に当たらない」と結論付けました。

 前回と今回は、この「東京高裁令和3年4月21日判決」について解説します。

 前回は、静岡地裁と東京高裁の判決内容を比較し、その違いを解説しました。ポイントは自治体の持つ裁量権を巡る判断です。地裁の判決は、本件不許可処分に関する裁量的判断の要素として、(1)占有目的(メガソーラー事業を運営するという目的も含めるか否か)、(2)条例との適合性(現に太陽光発電設備事業に着手している者か否か)、(3)市議会におけるメガソーラー事業への反対決議等の存在、(4)カルバート等の機能、を挙げて検討し結論として「裁量の逸脱濫用がある」として、違法としました。一方、高裁は「逸脱濫用はなかった」と判示しました(関連記事:「メガソーラー裁判」を読み解く、地裁の判断はなぜ覆ったのか?=前半)。

 本件不許可処分に関する裁量的判断について、原審と控訴審では異なる結論に至ったわけです。今回は、このような相違点を踏まえた上で、いずれの判断が妥当なものであったか、または、どのように判断することが妥当だったといえるのか、解説します。

東京高等裁判所の正門
(出所:日経BP)
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裁量の広狭について

 まず本件不許可処分に関する河川管理者の裁量については、両審級における判断同様、一定程度認められるべきであるといえます。もっとも、その裁量の広狭についてはどのように考えるべきでしょうか。

 この点、裁量的判断の要素である(1)の「占有目的」に関し、本件で問題となる占有の許可処分は、普通河川条例や河川法の趣旨・目的等、すなわち、河川管理施設と合わさって雨水の流路形成がなされ、または洪水等の災害が発生する可能性があるとの観点から考慮する必要があることは、地裁・高裁いずれも認めているところかと思います。

 一方、これ以上の観点が付加されるのは妥当でしょうか。すなわち、景観や環境といった利益の観点を含めて考えることができるでしょうか。

 景観及び自然的、社会的環境は確かに私人の生活にも関連するものであり、保護されるべき利益と考える余地があるのは確かでしょう。しかし、河川の敷地の占用について定めた普通河川条例や河川法は、そのような利益を保護する規定や、これに配慮した具体的手続きを定めた規定を置いていません。河川が公共用物であることや、「公共の福祉」等、含みのある文言も見られるところですが、上記の事情等からは、こうした利益を特別念頭に置いたものとは言えないと考えられます。

 とすれば、占用許可処分との関係で、上記利益について勘案することは妥当でなく、市側に裁量が認められるとしても、専らこうした景観等の利益を考慮することは、認められないと考えられます。地裁が、河川法の趣旨に反する条例の有効性を認めないように述べているのも、このような考え方に基づくものと思われます。

静岡地方裁判所の外観
(出所:日経BP)
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条例との適合性の観点について

 裁量的判断の要素である(2)の「条例との適合性」に関しては、上記の比較から、地裁と高裁では「現に」「事業に着手している」(条例附則2条)の該当性が異なっています。かかる相違点についてはどのように考えるべきでしょうか。

 地裁は同文言該当性につき、同附則の趣旨は、事業着手後に条例が施行され、事業遂行が不可能になる事業者に不測の不利益が生じることを防止する点にあるとした上で、宅造法の工事許可処分を受け、工事の一部を実施した時点で、事業を遂行できるとの期待が生じることが通常であるから、「事業に着手」したと言えるとしました。その上で、同許可を受けた上で、本件形質変更工事を実施し、及び工事の開始を、市側との面会時に告知していたことから、「事業の着手」があったと認めています。

 一方、高裁は、同文言の意義につき、市が主張する「事業区域において、必要な法的手続き等を行った上で、太陽光パネルの設置や太陽光発電設備を設置するために行う樹木の伐採、土地の造成等による区画形質の変更を行う事業を指すもの」、「現地調査、測量、資材の搬入等、太陽光パネルの製作等の準備行為を含まない」との立場に沿った上で、立木の伐採についてはあくまで事前のボーリング調査のためであったこと、必要な手続きを踏む前に着工すれば停止命令を行う考えを市側から示されていたにも関わらず着工したこと、また工事の施工に必要な県との間での協定の締結がなされていなかったこと、との点から、必要な法的手続きを完了しておらず、「現に」「事業に着手している」とはいえないとしました。

 かかる解釈についてはいずれが妥当でしょうか。この点、附則2条は上記の通り、条例が遡及的に適用されることを防止することで事業者を保護する点にあります。このため、事業者は不利益が生じることから保護されるに値するものでなければなりません。このため、不適法または相当でないような方法でかかる保護の条件を充足するような者については附則2条が適用されるべきでないと考えられ、「現に」「事業に着手している者」とはいえないとすべきです。

 この点、本件事業者は、上記の事実関係などから、強行的に工事に着工したともとれる行動に出ていることが明らかとなっています。このため、上記附則による保護に値する地位になく、同事業者は「現に」「事業者に着手している者」とはいえないでしょう。この点では、高裁の判断は妥当であると考えられます。

伊豆高原の太陽光発電建設計画のある付近
(出所:日経BP)
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条例適用と裁量判断の関係性について

 なお、本件が「現に」「事業者に着手している者」とはいえないことを前提に、このような事項を上記裁量的判断において考慮することは認められるしょうか。高裁は、申請の主体が「公益性のある事業又は活動を行う者」にあたるか否かの判断に際し、このような事項を考慮することを認めています。

 この点について、条例に違反するような態様で事業を進める事業者に対し、不利な評価がなされる等、事実上何らかの不利益的な取扱いを受けかねないことは否定できません。

 しかし、本件で問題となる条例は「伊東市美しい景観等と太陽光発電設備設置事業との調和に関する条例」であり、同条例は「美しい景観、豊かな自然環境及び市民の安全・安心な生活環境と太陽光発電設備設置事業と調和を図る」ことを目的とするものであり、河川管理等を目的とする河川の敷地占有許可処分とは目的・趣旨も異なるものです。

 そして同条例が保護しようとする利益は上述の通り、河川法上の不許可処分における裁量において考慮すべきでないものですから、仮に「着手」が認められないとしても、かかる事項をもって裁量の適否を判断するのは適切でないと考えられます。

伊豆高原メガソーラーパークの建設現場事務所
(出所:日経BP)
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行政裁量と市民の活動との関係性について

 裁量的判断の要素として挙げた、(3)の「市議会におけるメガソーラー事業への反対決議等の存在の観点」に関しては、どうでしょうか。

 高裁は、河川が公共用物であることを根拠として、市の裁量権を広く認め、「一般社会住民の容認するものであること」についても考慮することを認めており、市民がメガソーラー事業に対して懸念を示していたことや市民運動の存在という事情を、「あながち不合理なものとはいい難いもの」と形容した上で、事業地の地区の住民との協定書締結ができていなかったことにも言及し、当該事業が、本件事業地の付近の一般社会住民の容認するものとまでは認め難い状況にあったと述べています。

 一般論として、市長は、直接選挙で選出され、地方公共団体における民意を直接反映する地位にあることから、政治的判断を要する事項については、市長の広い裁量が認められると考えられています。特に地方の実情に照らし、公共性の高い目的のために用いられることが望ましい公共用物については、通常の行政裁量よりも広範な裁量が認められ得ると考える余地がありそうです。

 しかし、条例や規則の想定しない判断を、市長が「裁量がある」からといって、許されるものとしていいのでしょうか。それとも首長である市長は中立的な判断をすべきといえるのでしょうか。

 この点、条例も法律同様、私人の代表者である議会によって制定されるものです。とすれば、法律と行政との関係において、法律による行政の原理が働き、法に反する行政行為が許されないように、本件不許可処分が、法律・条例を根拠とする処分である以上、これらが想定していない範囲での裁量を市長に与えることは許されるべきではないと考えます。

 そのため、本件では、普通河川条例及び河川法に基づき、河川敷地の占用・メガソーラー事業の展開に伴う河川やその周辺への影響について、これらの公共性の有無を中心に考慮すべきであって、これら以外の部分を含めたメガソーラー事業自体の公共性について考慮することが許されるような広い裁量を認めるべきではなかったと考えます。このため、周辺住民や市議会が否定的評価をしていた事業に関する占用の申請であったとしても、そのような評価を考慮することをもって裁量逸脱濫用がないということはできず、むしろ同事情を考慮することは他事考慮に当たり妥当でないというべきです。

 この点で、「河川やその周辺の影響とは別に申請者の事業に対する周辺住民や市議会の否定的評価をもって直ちに『一般社会住民の容認するもの』に該当せず不許可とすることは、結局、占用許可の判断において、市議会や住民…の同意を要件とするに等しく、そのような判断は、重視すべきでない事情を考慮した不合理なもの」とした地裁の判断は理に適っているといえます。

 よって、地裁では裁量の逸脱濫用が認められるとし、高裁では裁量の逸脱濫用が認められないという判断の関係にはありますが、両者を比較する場合、地裁の判断の方が妥当なものといいうるのではないでしょうか。

静岡地方裁判所の玄関
(出所:日経BP)
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高裁判決の背景にあるもの

 それでは、本件において高裁はなぜこのような判断をしたのでしょうか。

 近年では、裁量審査において、判断過程審査が主流となりつつあります。同基準は結論の妥当性のみではなく、文字通り裁量における判断の過程の妥当性を審査するものです。本件でも地裁がこれと同様の基準を定立し、審査しています。従来よく用いられた社会通念審査と比較すると、同審査が結果のみに着目して違法の有無を審査することに比べ、判断過程審査は、判断に至る行政庁の判断過程における諸事情の合理性を審査することができ、より審査密度の高い審査方法であるといえるでしょう。一方で、判断過程審査は、裁判所の価値判断を、行政庁の価値判断よりも優先させてしまうことになり、行政に裁量を認めた法令の趣旨と矛盾するのではないかという懸念が指摘されています。

 そのため、判断過程審査においても、専門技術的判断を要する事項や政治的判断を要する事項については、司法による介入は謙抑的に行うべきと考えられます。

 本件は、市長が、公共用物である河川敷地について、どのように公共性の高い利用を実現するかといった観点や、大規模な太陽光発電事業に伴う環境や景観の問題といった側面を、多角的に判断すべき性質の問題であったと言え、高度の専門技術的判断・政治的判断が必要となる事項に当たります。そのために高裁は、様々な観点からの考慮事由を広く認めたのでは無いかと考えられます。

 一方、全くもって無関係の事由を考慮することは、事業者の活動を意図的に阻害することになるなどの弊害・悪用に繋がりかねませんので、高裁も、判断過程審査自体を否定する趣旨ではなく、判断事項の関連性を緩やかに認めたものと思われます。例えば、高裁は、「本件事業地の付近の一般社会住民」の容認するものとまでは認め難いとしており、事業地と全く関連性がない地域の住民の間にのみ反対運動があった場合や、裁量判断を悪用するような濫用的な判断についてまで考慮することを想定していないと考えられます。

 また裁量の主体が政治的代表である場合は、その者が行う政治的判断はいわば民主的制度における民意の反映ともいえるものであり、また特に地域性の高い地方行政においては、上記の理由に加え広い政策的判断の裁量が許容されるものと考えられます。このような市民の反対運動や市議会の決議による指摘を「あながち」不合理ではないという形で言及しているのは、河川管理上、又は太陽光発電に伴う環境や景観上の悪影響に、科学的・技術的根拠まで認められないとしても、行政の判断の妥当性を担保する理由としては十分であるという意図が反映されたものといえるでしょう。

 このような前提に立てば、直接的には河川の敷地占用に関する許可の判断についても、メガソーラー事業自体に関連する事情を一定程度考慮することが認められると考えられます。そのため、河川法や普通河川条例の本来の趣旨・目的とは異なることになりますが、本件では占用許可処分の判断における裁量につき、市民の反対運動、市議会の反対決議及び事業者の半ば強行的な事業の実行などの事情を考慮するものになったと考えられます。よって、高裁は裁量逸脱濫用がなく、実体的違法はないものと判断したと考えられます。

東京高等裁判所の外観
(出所:日経BP)
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「不許可通知」への対応策は?

 当事務所にも、ある事業予定地において、太陽光発電施設の整備に関わり、自治体が管理する水路を使用する必要があるため、水路使用等許可申請を行ったところ、不許可通知を受けたということで、施設の計画が停滞してしまったので、なんとかならないかというご相談がありました。

 処分庁の不許可の理由としては、事業者の開発行為により災害の発生するおそれが高くなる、というものでした。

 ここでも、「災害の発生するおそれが高くなる」という処分庁の判断について、それが裁量逸脱濫用にあたるかという点が争点となりそうでした。

 当事務所が事業者側から聴取した事項を前提とすると、事業者は、災害発生については配慮して計画を立てており、「災害の発生するおそれが高くなる」という判断には疑問がありました。

 そこで、資料を精査した上で、判断過程審査の枠組みに則り、審査請求書を作成し、不服申立の手続を実施したところ、最終的には、処分取消という裁決がなされました。

 災害発生などについては、処分庁に広範な裁量が認められる可能性も多い中、裁判所での手続までいかずに、審査請求の中で処分取消の判断がなされたという点で、早期の解決ができたと考えています。

 審査会は、かなりの資料を読み込んだ上で、災害発生の危険性についても細かく分析しており、本来的には、こうした不服申立の中で、今一度判断過程について、精査に判断がなされていくことが、手続の在り方としては時間的にも労力の観点からも望ましいものと考えられ、不服申立制度の意義を感じた事案でもありました。

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