水素

水素の大規模調達を可能にする「現実解」(page 4)

MCH利用を推進する千代田化工が海外戦略の一端示す

2021/06/30 17:00
山口 健=日経BP総合研究所 クリーンテックラボ 
印刷用ページ

余剰電力が豊富な四川省に提案

世界中で水素利用を推し進めようとの計画が相次いでいます。MCHの海外展開についてはどのように考えていますか。

森本 千代田化工のMCH技術は、必要な場所に大量の水素を運ぶことができます。今回の「2021 INTERNATIONAL CONFERENCE ON COOPERATION IN THE HYDROGEN ENERGY INDUSTRY(ICCHEI)」では、四川省向けにMCHの適用事例を提案しました。

 まず、四川省成都市から北京、上海、広東などの沿海部の水素需要地域への長い水素輸送の例を示しています(図7)。2019 年の四川省の水力発電による余剰電力は すでに279 億 kWhあると言われており、年間約 55万t の水素を生産できることになります。MCHを利用すれば、既存のタンク車を使用して鉄道輸送が可能です。また、四川省成都からは大河(揚子江)を使って水素を輸送できます。MCHは、既存のケミカルタンカーで輸送できます(図8)。

図7●中国・四川省成都市からの水素輸送例(鉄道輸送)
図7●中国・四川省成都市からの水素輸送例(鉄道輸送)
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
クリックすると拡大した画像が開きます
図8●中国・四川省成都市からの水素輸送例(大河の利用)
図8●中国・四川省成都市からの水素輸送例(大河の利用)
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
クリックすると拡大した画像が開きます

 MCHを使った水素供給ステーションは、特に重量物を長距離で輸送するトラック、バスなど向けに有効です。四川省で生成したMCHを水素ハブで受け取った後、小分けにしてトラックで配送します。水素の需要地が近い場合は、ハブでMCHを脱水素した後、圧縮水素にして運びます(図9)。

図9●分散型水素供給サプライチェーン
図9●分散型水素供給サプライチェーン
モビリティ向けに供給する例。(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
クリックすると拡大した画像が開きます

 このモデルをより大規模に港湾部などで導入する計画があり、シンガポールなど他の国からも問い合わせが来ています。

 安定した脱炭素社会を実現するためには、戦略備蓄として大規模なエネルギー貯蔵も必須です。季節的、年次、または長期的な気候変動に対して、安定したエネルギー供給を確保することが重要です(図10)。

図10●MCHを利用した大規模エネルギー貯蔵
図10●MCHを利用した大規模エネルギー貯蔵
長距離の水素輸送と併用したグリーン水素(再エネ電力から作った水素)の大量貯蔵を可能にする。(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
クリックすると拡大した画像が開きます

 蓄電池や揚水などの方法と比較して、MCHはエネルギーを失うことなく、より大規模に水素を長期間貯蔵でき、何らかの理由で他のエネルギー源が利用できない場合でも、水素を生成できます。

 MCHは将来のエネルギー安全保障のための現実的なソリューションになると考えています。

<編集部から>

 海外水素の大規模輸送を実現する有力技術として、もう1つ「液体水素」がある。例えば川崎重工業は、2025年ごろの実用化を目指して16万m3規模の液体水素専用タンカーの建造を進めている。液化すれば水素の体積は800分の1になり、16万x800=1億2800万m3(=約1万1360t)相当の水素を運べる。原発1基分に相当する水素発電向けに燃料とする年間30万tの水素を運ぶためには、30万/1万1600=約26回の輸送が必要。片道航海に約2週間掛かるとすれば、往復で30日となり、1隻で年間12往復できる。結果、少なくとも2隻程度で運用する必要がある。

 この液体水素専用タンカーが運ぶ水素量(1万1360t)と、同量の水素をMCHで運ぶ場合を考える。MCHは1m3で47.3kgの水素を運べるため、1万1360tでは24万169m3の体積が必要になる。MCHの比重は0.77g/cmであるため、換算すると約19万tのケミカルタンカーが必要と計算できる。実際のタンカーは、この規模になると液体水素向けも、MCH向けも全長300mクラスになるといわれている。

 現状では19万tのケミカルタンカーは新造する必要があり、既存のものは最大約10万tとなり、この場合、年間30万tの水素輸送には4隻程度が必要との計算になる。

 水素の「製造、貯蔵・輸送、利用」まで一気通貫した国際的なサプライチェーンの構築を進めることを示した2017年12月発表の日本の「水素基本戦略」の時点では、2030年に年間30万t程度の水素を調達することを前提にしていた。菅首相が2020年10月に「2050年にカーボン・ニュートラル」と宣言したことを受けて、同年12月に経済産業省が発表したグリーン成長戦略では、2030年の水素調達量が年間に最大で300万tと一気に10倍に膨れ上がった。水素輸送が急がれる中、既存のケミカルタンカーを使えるMCHは、初期投資が抑えられる現実解であるとクローズアップされている(図11)。

図11●千代田化工が描くMCHを使った水素サプライチェーン構想
図11●千代田化工が描くMCHを使った水素サプライチェーン構想
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
クリックすると拡大した画像が開きます

 また、インタビュー中に出てきた「MCHのダイレクト・プロセス」は、ENEOSが、千代田化工、東京大学、クイーンズランド工科大学と共同で2019年3月に発表している。従来に比べ工程を大幅に簡略化することができ、少量で生産する技術を確立したとしている。将来はMCH製造に関わる設備費を約50%削減できるという。

 ENEOS広報によれば、同社は2025年度までに5000kWの装置を開発することを目指している。千代田化工と共同でこうしたスケールアップ事業に取り組んでおり、この装置を1000基程度連結させたプラントを作ると、原子力発電所1基分の発電に使える水素が得られるとしている。

 こうした水素利用の動向に関しては、日経BP 総合研究所が昨年発行した「世界水素ビジネス-全体動向編-」の中で、「作る」「運ぶ/貯める」「使う」ための各種技術の解説のほか、中国・韓国・欧⽶豪の戦略を分析、2050年までの水素普及シナリオを紹介している(世界水素ビジネスー全体動向編ー」の案内サイト)。

  • 記事ランキング