水素の大規模調達を可能にする「現実解」

MCH利用を推進する千代田化工が海外戦略の一端示す

2021/06/30 17:00
山口 健=日経BP総合研究所 クリーンテックラボ 
千代田化工建設・フロンティアビジネス本部の森本孝和副本部長
千代田化工建設・フロンティアビジネス本部の森本孝和副本部長
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海外で生産した水素の大規模輸送を、既存のタンカーやタンクを使って可能とする有機ケミカルハイドライド法。その実用化を強力に推進する千代田化工建設が5月28日、中国・四川省経済合作局などが主催した「2021 INTERNATIONAL CONFERENCE ON COOPERATION IN THE HYDROGEN ENERGY INDUSTRY」でオンライン講演した。四川省は、揚子江の最上流地域として水力発電向けのリソースが豊富であり、今後は大規模なグリーン水素の生産拠点になる可能性がある。登壇した同社フロンティアビジネス本部の副本部長で水素事業部の部長を兼務する森本孝和氏に、MCH技術の実用化に向けた今後の戦略を聞いた。

既存設備を生かして、海外から大量の水素を輸送してくる技術に取り組んでいます。実証事業の進捗状況を教えて下さい。

森本 水素を、トルエンと反応させるとメチルシクロヘキサン(MCH)になり、ほぼガソリンのような物性なのでこのまま既存の設備(タンカー、タンク)を使って輸送できます。海外の水素生産地でMCHを生産し、輸送してきた国内の需要地(港湾や火力発電所)でMCHから水素を取り出します。残ったトルエンはまた、水素生産地へ戻します。

 ブルネイからMCHを輸送するNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の実証事業に参加し、2030年の発電用の水素価格の目標である30円/Nm3(湾岸部で脱水素後の、発電事業者への引き渡し価格)を実現するための基本技術を確立しました(図1)。後は需要の規模が、例えば原発1基分の水素発電に必要な水素を海外から持ってくるための規模に拡大し、現在検討中の技術を最適化した設備を導入すれば、上記価格になるという段階に来ています(図2)。現在、海外からの問い合わせが増えています。

図1●ブルネイからMCHを輸送するプロジェクトの概要
図1●ブルネイからMCHを輸送するプロジェクトの概要
(出所:千代田化工建設、2021 INTERNATIONAL CONFERENCE ON COOPERATION IN THE HYDROGEN ENERGY INDUSTRY(ICCHEI)、2021年5月28日)
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図2●スケールアップによる海外水素の価格低減見通し
図2●スケールアップによる海外水素の価格低減見通し
(出所:経済産業省、「今後の水素政策の課題と対応の方向性中間整理(案)」、2021年3月22日、千代田化工建設の提供データ)
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 その先、2050年までに天然ガス発電と同等のコストを実現するために必要な水素の目標価格である20円/Nm3に対して有効な技術の1つは、既に実験室レベルで技術実証が完了しています。

 従来の「再エネ電力→水の電気分解による水素製造→水素とトルエンを反応させてMCHを合成」ではなく、「再エネ電力+トルエン+水→MCH合成」というダイレクト・プロセスです。この技術はENEOSが開発した技術であり、現在、2030年に商用プラントとして1GW級の水素発電設備(原発1基分相当の発電量で、年間30万tの水素を消費する)を運転することを想定した開発が進められています。このプロジェクトに千代田化工建設も協力しています。

1万時間の長時間連続運転を確認

MCHを使った大規模水素輸送を可能にしたのは、どのような技術ですか。

森本 千代田化工は1948年の創業以来、石油・石油化学産業のプロセスや環境保全に関わる様々な触媒を開発してきました。この流れから2002年にMCH脱水素触媒の研究開発を開始しました。そして、この触媒の研究開発に着手してから約20年、昨年、実証事業を無事に終えることができました。

 この脱水素触媒を開発した際の最大の技術的課題は、長時間の連続運転でした。最終的に2008年にこの新しい触媒を実験室規模で開発することに成功し、最適な性能を維持しながら、1万2000時間の連続運転を実現しました(図3)。

図3●商用使用可能な脱水素触媒開発に成功
図3●商用使用可能な脱水素触媒開発に成功
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 触媒性能の実験室規模における確認に成功した後、2013 年にパイロット・プラントにスケールアップし、トルエンの水素化工程とMCHの脱水素化工程からなる 50 Nm3/h(年間約35t相当)の模擬水素サプライチェーンを実証しました。約1万時間の連続運転を行い、商用レベルの運転で安定に使えることを確認しました(図4)。

図4●システムとしてMCHの基本技術を確立
図4●システムとしてMCHの基本技術を確立
MCHを利用した水素の輸送技術を千代田化工は「SPERA水素技術」と呼ぶ。処理能力は50 Nm3/h(年間約35t相当)、運転稼働時間は延べ約1万時間(2013~14年)に達した。(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 また、この段階で各種運転モードにおけるエンジニアリング・データを採取して、商用化に備えています。この段階で、「技術実証は完了」 と判断し、2015~20年の事業実証へと進みました。

年間30万tの商用規模へ

今後はどのような展開になりますか。

森本 2015~20年にかけて実施された、NEDO支援による、世界初の国際間水素サプライチェーン事業実証では、設備規模として年間210tの水素の輸送・取り出しを行いました。この事業実証の目的・意義は、ブルネイ-日本間の長距離海上輸送をしたこと、脱水素で取り出した水素を発電燃料として安定的に供給したことの2つです。

 今後は「実用規模」へ、さらにスケールアップしていきます。

 千代田化工は、2020年代半ばの準商用規模(年間数万t)、そして2030年の商用規模(年間数十万t)の水素サプライチェーンの構築を目指しています。その規模は、210t/年よりはるかに大きいものになります。大規模の集中型脱水素装置では、最大年間30万tの規模を実用(=商用)規模と見ています。

MCHは大規模海上輸送用に目が向きますが、国内のローカルな輸送についてはどうですか。

森本 MCHは国際サプライチェーンなどの大規模利用向けだけではなく、国内の中小規模な水素利用向けの技術開発も並行して行っています。

 例えば燃料電池車(FCV)向けの水素ステーションに設置できるように、コンパクトな脱水素設備を開発しました(図5)。これはNEDOの支援による研究開発です。この施設では、1 時間当たり約 3kg の水素に相当する 30Nm3の水素を製造できます。

図5●小型脱水素パッケージを使ったオンサイト水素ステーション
図5●小型脱水素パッケージを使ったオンサイト水素ステーション
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 また、出力変動を伴う風力発電が電力系統に大量に接続されることを想定し、給電指令所から出されるLoad Frequency Control(LFC)信号(模擬)を水電解装置に印加して水素を製造し、この生成量が変動する水素を精製し、さらにMCHとして貯蔵するシステムおよび要素技術の研究開発を行ないました(図6)。

図6●再生可能エネルギーを水素へ転換する「Power to X」の実証
図6●再生可能エネルギーを水素へ転換する「Power to X」の実証
NEDOの委託事業「水素社会構築技術開発事業、『水素(有機ハイドライド)による再生可能エネルギーの貯蔵・利用に関する研究開発』」の成果。(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 千代田化工が建設済みの実証プラントに加え、新たに実証プラントを増設して実証試験を実施しています。この結果、MCHは変動するエネルギー源を安定させるためのバッファーとして機能することが確認できました。千代田化工のプロセスとシステムが、これら変動するエネルギー源を柔軟かつ安定して管理できることを証明しました。

余剰電力が豊富な四川省に提案

世界中で水素利用を推し進めようとの計画が相次いでいます。MCHの海外展開についてはどのように考えていますか。

森本 千代田化工のMCH技術は、必要な場所に大量の水素を運ぶことができます。今回の「2021 INTERNATIONAL CONFERENCE ON COOPERATION IN THE HYDROGEN ENERGY INDUSTRY(ICCHEI)」では、四川省向けにMCHの適用事例を提案しました。

 まず、四川省成都市から北京、上海、広東などの沿海部の水素需要地域への長い水素輸送の例を示しています(図7)。2019 年の四川省の水力発電による余剰電力は すでに279 億 kWhあると言われており、年間約 55万t の水素を生産できることになります。MCHを利用すれば、既存のタンク車を使用して鉄道輸送が可能です。また、四川省成都からは大河(揚子江)を使って水素を輸送できます。MCHは、既存のケミカルタンカーで輸送できます(図8)。

図7●中国・四川省成都市からの水素輸送例(鉄道輸送)
図7●中国・四川省成都市からの水素輸送例(鉄道輸送)
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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図8●中国・四川省成都市からの水素輸送例(大河の利用)
図8●中国・四川省成都市からの水素輸送例(大河の利用)
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 MCHを使った水素供給ステーションは、特に重量物を長距離で輸送するトラック、バスなど向けに有効です。四川省で生成したMCHを水素ハブで受け取った後、小分けにしてトラックで配送します。水素の需要地が近い場合は、ハブでMCHを脱水素した後、圧縮水素にして運びます(図9)。

図9●分散型水素供給サプライチェーン
図9●分散型水素供給サプライチェーン
モビリティ向けに供給する例。(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 このモデルをより大規模に港湾部などで導入する計画があり、シンガポールなど他の国からも問い合わせが来ています。

 安定した脱炭素社会を実現するためには、戦略備蓄として大規模なエネルギー貯蔵も必須です。季節的、年次、または長期的な気候変動に対して、安定したエネルギー供給を確保することが重要です(図10)。

図10●MCHを利用した大規模エネルギー貯蔵
図10●MCHを利用した大規模エネルギー貯蔵
長距離の水素輸送と併用したグリーン水素(再エネ電力から作った水素)の大量貯蔵を可能にする。(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 蓄電池や揚水などの方法と比較して、MCHはエネルギーを失うことなく、より大規模に水素を長期間貯蔵でき、何らかの理由で他のエネルギー源が利用できない場合でも、水素を生成できます。

 MCHは将来のエネルギー安全保障のための現実的なソリューションになると考えています。

<編集部から>

 海外水素の大規模輸送を実現する有力技術として、もう1つ「液体水素」がある。例えば川崎重工業は、2025年ごろの実用化を目指して16万m3規模の液体水素専用タンカーの建造を進めている。液化すれば水素の体積は800分の1になり、16万x800=1億2800万m3(=約1万1360t)相当の水素を運べる。原発1基分に相当する水素発電向けに燃料とする年間30万tの水素を運ぶためには、30万/1万1600=約26回の輸送が必要。片道航海に約2週間掛かるとすれば、往復で30日となり、1隻で年間12往復できる。結果、少なくとも2隻程度で運用する必要がある。

 この液体水素専用タンカーが運ぶ水素量(1万1360t)と、同量の水素をMCHで運ぶ場合を考える。MCHは1m3で47.3kgの水素を運べるため、1万1360tでは24万169m3の体積が必要になる。MCHの比重は0.77g/cmであるため、換算すると約19万tのケミカルタンカーが必要と計算できる。実際のタンカーは、この規模になると液体水素向けも、MCH向けも全長300mクラスになるといわれている。

 現状では19万tのケミカルタンカーは新造する必要があり、既存のものは最大約10万tとなり、この場合、年間30万tの水素輸送には4隻程度が必要との計算になる。

 水素の「製造、貯蔵・輸送、利用」まで一気通貫した国際的なサプライチェーンの構築を進めることを示した2017年12月発表の日本の「水素基本戦略」の時点では、2030年に年間30万t程度の水素を調達することを前提にしていた。菅首相が2020年10月に「2050年にカーボン・ニュートラル」と宣言したことを受けて、同年12月に経済産業省が発表したグリーン成長戦略では、2030年の水素調達量が年間に最大で300万tと一気に10倍に膨れ上がった。水素輸送が急がれる中、既存のケミカルタンカーを使えるMCHは、初期投資が抑えられる現実解であるとクローズアップされている(図11)。

図11●千代田化工が描くMCHを使った水素サプライチェーン構想
図11●千代田化工が描くMCHを使った水素サプライチェーン構想
(出所:千代田化工建設、2021 ICCHEI、2021年5月28日)
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 また、インタビュー中に出てきた「MCHのダイレクト・プロセス」は、ENEOSが、千代田化工、東京大学、クイーンズランド工科大学と共同で2019年3月に発表している。従来に比べ工程を大幅に簡略化することができ、少量で生産する技術を確立したとしている。将来はMCH製造に関わる設備費を約50%削減できるという。

 ENEOS広報によれば、同社は2025年度までに5000kWの装置を開発することを目指している。千代田化工と共同でこうしたスケールアップ事業に取り組んでおり、この装置を1000基程度連結させたプラントを作ると、原子力発電所1基分の発電に使える水素が得られるとしている。

 こうした水素利用の動向に関しては、日経BP 総合研究所が昨年発行した「世界水素ビジネス-全体動向編-」の中で、「作る」「運ぶ/貯める」「使う」ための各種技術の解説のほか、中国・韓国・欧⽶豪の戦略を分析、2050年までの水素普及シナリオを紹介している(世界水素ビジネスー全体動向編ー」の案内サイト)。