内燃機関「カーボンゼロ」へ、期待の再エネ合成燃料

「2030年までに量産技術確立は必達目標」、ENEOS執行役員・藤山氏に聞く

2021/08/17 20:00
山口健=日経BP総合研究所 クリーンテックラボ

欧州委員会は2021年7月14日、ハイブリッド車を含む内燃機関車の新車販売を2035年に事実上禁止する方針を打ち出した。これを受けるように独自動車大手ダイムラーの高級車事業会社、メルセデス・ベンツは同22日、販売する新車を2030年にもすべて電気自動車(EV)にすると発表した。同社は「EVファーストからEVオンリーに加速する」という。一方で、再生可能エネルギーを使い、カーボンゼロで内燃機関を使い続けることが出来る「再エネ合成燃料」が注目を浴びている。この新燃料は、世界の動きに間に合うのか。国内燃料油の販売シェアNo.1のENEOSで、新燃料の開発チームを率いる藤山優一郎・執行役員・中央技術研究所長に今後の展開を聞いた。

ENEOSの藤山優一郎・執行役員・中央技術研究所長
ENEOSの藤山優一郎・執行役員・中央技術研究所長
(撮影:清水盟貴)

商用化段階では「グリーン水素」

火力発電所が残る段階では、発電時のCO2排出を考えれば、EV(電気自動車)がカーボンニュートラルに向けた正解だとは必ずしも言えません(編集注)。一方で、CO2を回収して、再生可能エネルギー由来の水素と反応させて作る合成燃料に期待が集まっています。ENEOSの取り組みを教えて下さい。

藤山 水素源は、化石燃料の改質から入った方がコスト的に有利なようにも見えますが、当社では合成燃料の中でも「再エネ合成燃料」に着目して開発を進めています。

 「再エネ合成燃料」はあくまでも「再エネから作る燃料」ですから、試験や実証段階においてはグレー水素(化石燃料由来の水素)やCCS(CO2分離・回収)などを伴うブルー水素を使うことはあっても、商用化の段階ではグリーン水素、あるいは再エネから製造された合成ガス(水素+CO)を原料とする計画です。

2040年までに自立商用化

藤山 再エネ由来の水素と、原料となるCO2を、触媒を使った合成反応によってまず「再エネ合成粗油」を作ります(図1)。ここまでが新しい技術の開発対象です。出来た粗油は従来の原油と同じような成分で、これに通常の精製処理を通すことによってガソリンやジェット燃料、軽油などの「再エネ合成燃料」として製品化します。

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図1●再エネ合成燃料技術の開発
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図1●再エネ合成燃料技術の開発
再エネ合成燃料は、再エネ由来の水素とCO2の合成反応によって製造する液体燃料。精製処理によって、ナフサ、ガソリン、ジェット燃料、軽油製品が得られる。写真は、再エネ合成粗油のサンプル(出所:ENEOS)

いつ頃、実用化できそうですか。

藤山 経済産業省の合成燃料研究会は、2021年4月の中間報告で「2030 年までに高効率かつ大規模な製造技術を確立し、2030年代に導入拡大・コスト低減し、2040 年までの自立商用化を目指す」と取りまとめました(図2)。

図2●再エネ合成燃料の製造技術確立に向けて
図2●再エネ合成燃料の製造技術確立に向けて
経済産業省の合成燃料研究会は、2021年4月の中間報告で「2030 年までに高効率かつ大規模な製造技術を確立し、2030年代に導入拡大・コスト低減し、2040 年までの自立商用化を目指す」と取りまとめた(出所:経済産業省、合成燃料研究会中間取りまとめ、2021 年4月)
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 当社もそれに応じて事業化することを目指しており、2030年までに大規模製造の実証を済ませ、量産技術として完成させることを必達目標としています。そのために開発計画を10年前倒ししました。

 当初は、十分な再エネが用意され、この再エネを使って製造されるグリーン水素が潤沢に供給されるようになってから、再エネ合成燃料の出番になるという順番だと考えていました。これに対して2050年にカーボンニュートラルを実現するなどの具体的な日程が見えてきたことを踏まえて、2030年にはグリーン水素が安定供給されると想定し、ここを量産技術の開発ターゲットに変更しました。

 製造技術に関しては、これまではCO2からCOを作る「逆シフト反応」と、水素とCOから炭化水素を合成する「FT(フィッシャートロプシュ)反応」を同時に実現し、CO2と水素から直接、炭化水素を製造する「直接合成(Direct-FT)法」のような、いわゆる「合成燃料の革新的製造技術」の開発をメインに据えていましたが、確実に開発できるように既存技術である、逆シフト反応とFT合成プロセスを2段階に分けて行なう手法をメインに切り替えています。

2030年以降早期に「日量1万バレル」

具体的な実用化に向けたロードマップはどうなっていますか。

藤山 2020年時点では2022年から小規模な日量1バレル(約159l=リットル)程度の試験生産を始めることを検討していましたが、2025年からと考えていた中規模な実証試験を先行させます。その結果を踏まえて、追加で大規模実証試験を行ない、2030年までに量産技術として確立したいと考えています。

 2030年以降、出来るだけ早い時期に確立させた技術を使って日量1万バレル程度の量産設備を稼働させ、商用化していく予定です。

その先、2040年、2050年の見通しも教えて下さい。

藤山 2040年ぐらいでの自立商用化を目指しています。商用化は、その時点での合成燃料の原料(CO2フリー水素とCO2)価格や低炭素価値を含めた経済性、原料調達方法・調達量などによって、製造規模や製造拠点が決まると考えています。

 2040年ごろのタイミングでは、石油製品の生産量やガソリンスタンドの販売量は現在の状況とは異なることが想定されます。仮に需要が半減し、それに比例して当社の生産量も半減しているとすれば、再エネ合成燃料の日量1万バレルという量は全体の1.1%に当たります。

 水素に関しては、当面の開発段階では化石燃料由来の水素、もしくは国内の再エネ電力を使った水の電気分解によって調達します。ただこの方法ではコストが高いので、将来的には海外の安い再エネ電力を使って作った水素の大規模輸入に切り替えて行きたいと考えています(図3)。当社では、大規模に水素を海上輸送する方式として、液体水素方式とMCH(メチルシクロヘキサン)方式の開発に取り組んでいます。

図3●CO2フリー水素サプライチェーンの構築に向けた取り組み
図3●CO2フリー水素サプライチェーンの構築に向けた取り組み
液体水素方式とMCH(メチルシクロヘキサン)方式の2つの大規模な水素の海上輸送方式を開発している。MCH方式では、トルエンと水から直接MCHを製造する技術を開発し、関連設備の大規模化に取り組んでいる(出所:ENEOS)
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 CO2源は、製油所から出る排ガスを使います。こうすることで、合成燃料の生産に際して、新たにCO2を増やすことはありません。その先、2050年のカーボンニュートラルに向かっては、大気からCO2を直接回収するDAC(Direct Air Capture)のような革新的なCO2回収技術等についても、調査・検討を進めています。

 製油プラントは大型化した方がコスト的に優位になります。安い水素源、CO2源が得られる場合は、海外での製造も選択肢の1つとして検討しています。

「収率80%」の触媒を目指す

再エネ合成燃料は低コスト化が課題です。

藤山 コスト削減に向けて、「高効率触媒の開発」と「製造プロセスの改良」に取り組んでいます。

 触媒開発に関しては、これまで培ってきた技術に加えて、MI(マテリアルズインフォマティックス)技術を組み合わせて推進しています(図4)。

図4●再エネ合成燃料商用化への課題解決
図4●再エネ合成燃料商用化への課題解決
合成燃料の商用化には低コスト化が課題であり、高効率触媒の開発と製造プロセスの改良に取り組んでいる。触媒開発については、これまでに培った技術とMI(マテリアルズインフォマティックス)技術を組み合わせて推進する。既存の触媒に対して約4倍の収率となる触媒の開発を目指す(出所:ENEOS)
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 既存の触媒における再エネ合成燃料の収率は約20%です。開発中の触媒の収率は約65%で、最終的には80%程度の収率を目指しています(図5)。収率80%の触媒はまず実験室レベルで完成させ、これを使って中規模で実証し、スケールアップする予定です。

図5●触媒評価装置(左)と反応器評価装置(右)
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図5●触媒評価装置(左)と反応器評価装置(右)
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図5●触媒評価装置(左)と反応器評価装置(右)
既存の触媒の再エネ合成燃料の収率は約20%。開発中の触媒の収率は約65%で、最終的には80%程度の収率を目指している。収率80%の触媒はまず実験室レベルで完成させ、中規模な実証試験でスケールアップする予定(出所:ENEOS)

 MI技術に関しては、Preferred Networks社と協業して超高速AI分子シミュレータの開発に成功しました。例えば原子数が128個の場合、従来法では反応プロセスの計算に1時間掛かったものが、0.1秒と3万倍高速になりました。実用的な触媒を開発する場合は、原子数として1万個程度の規模が必要になりますが、これは2秒で計算できました。従来法では、原子数128個、約3000個などの実測した計算時間から外挿したところ、1年半くらい掛かることがわかりました。2000万倍も高速ということになります。

 これに加えて、プラント内における熱のマネジメントや、副生ガスを有効利用するプロセス設計などが重要だと考えています。例えば「逆シフト反応」は吸熱反応のため、その先の「FT反応」の発熱反応と熱のやり取りをすることは可能と考えており、技術面から検討しています。このような技術も取り入れて、プロセス全体の更なる効率化を目指しています。

水素と合成燃料は共存

原料コストも重要ですね。

ENEOSの藤山優一郎・執行役員・中央技術研究所長
ENEOSの藤山優一郎・執行役員・中央技術研究所長
(撮影:清水盟貴)

藤山 その通りです。コスト削減は技術面以外の影響も大きく、例えば、原料となるCO2フリー水素とCO2の安価な調達などが重要な課題です。CO2フリー水素のコストの大半は電気代です。複数の調査機関によると、再エネ合成燃料のコストは、現在の国内再エネ電源による水素製造価格では、燃料価格として500円/lを超えているものの、将来、水素価格が政府目標の20円/Nm3まで下がれば、200円/l程度に下がると予測されています。

 なお、2040年ごろの自立商用化フェーズにおける合成燃料の価格は、その環境価値を含めた価格であると想定しています。再エネ水素が安く手に入るようになる時代に、わざわざコストを掛けて燃料を合成することを疑問視する向きもありますが、合成燃料は既存のインフラがそのまま使えます。両者は共存していくと見ています。

 生成した合成燃料のエンジン、タービンなどへの適用性は今後検証する予定ですが、どのような方法で実施するかはまだ確定していません。合成燃料の元となる合成粗油は、ガソリン、ジェット燃料、灯油、軽油などの混合物になります。精製後の比率は今後、実証試験を通して検証したいと考えていますが、ガソリンの生産量はまだ確定していません。ジェット燃料や、商用車に使う軽油などのユーザーの方が、合成燃料の環境価値をより理解してくれる可能性もあると思います。生産量は市場ニーズを見ながら決めることになります。

編集注:カーボンニュートラルを目指す中で、従来のTtW(tank to wheel:燃料タンクから走行までのCO2排出量)ではなく、WtW(well to wheel:油田・ガス田から燃料製造、走行時を含めたCO2排出量)やLCA(life cycle assessment:クルマの製造から廃棄までのサプライチェーン全体におけるCO2排出量)という尺度でCO2の排出削減が求められるようになっている。例えば、大半を水力などの再エネで賄う北欧や原発の多いフランスなどではEVが正解であるが、未だ発電時に化石燃料を多く使う中国や日本などの場合は、蓄電池のみで走るEVよりハイブリッド車の方がCO2排出量を抑制できるケースもある。再エネ合成燃料が実用化されれば、さらにハイブリッド車の環境価値が高まる可能性がある。

 こうした水素利用の動向に関しては、日経BP 総合研究所が昨年発行した「世界水素ビジネス-全体動向編-」の中で、「作る」「運ぶ/貯める」「使う」ための各種技術の解説のほか、中国・韓国・欧⽶豪の戦略を分析、2050年までの水素普及シナリオを紹介している(世界水素ビジネスー全体動向編ー」の案内サイト)。