「核融合・熱」によるボイラーが実用化へ、金属積層チップで熱を取り出す

三浦工業とクリーンプラネットが共同開発、2023年に製品化

2021/10/04 12:00
金子憲治=日経BP総合研究所 クリーンテックラボ

発熱エネルギー密度は1000倍

 原子核変換に伴う熱を利用する加熱装置の製品化が間近に迫ってきた。9月28日、新エネルギー関連のベンチャー企業、クリーンプラネット(東京都千代田区)とボイラー設備大手の三浦工業が「量子水素エネルギーを利用した産業用ボイラーの共同開発契約を締結した」と発表した。

 「量子水素エネルギー」とは、水素原子が融合する際に放出される膨大な熱を利用する技術で、クリーンプラネットが独自に使っている用語。エネルギーを生み出す原理は、日米欧など国際的な枠組みで進めている熱核融合実験炉「ITER(イーター)」と同じ、核融合によるものだ。

 核融合反応による発熱エネルギー密度は、理論的にはガソリンの燃焼(化学反応)の1000倍以上になり、実用化できれば人類は桁違いのエネルギーを手にできる可能性がある。

 「量子水素エネルギー」と熱核融合炉との違いは、ITERが1億度という高温のプラズマ状態を磁気で閉じ込めるための巨大な設備が必要になるのに対し、クリーンプラネットが取り組む「量子水素エネルギー」では、1000度以下など大幅に低い温度で核融合を誘発させるため、工場などに設置できる分散型エネルギー源になり得るという点だ。

 原子核と原子核は一定の近距離まで近づくと核力によって引き合い融合するが、同じ電荷の原子核がこの距離に近づくには反発するクーロン斥力に打ち勝つ必要がある。熱核融合炉では、そのために1億度という高温が必要になる。

 一方、「量子水素エネルギー」では、微小な金属粒子に水素を吸蔵させ一定の条件下で刺激を加えることで、核融合を誘発させる。こうした現象は、研究者間では「凝縮系核反応」「金属水素間新規熱反応」「低エネルギー核反応」などと呼ばれ、ここにきて各国で研究が活発化している(図1)。

図1●量子水素エネルギーの原理イメージ
図1●量子水素エネルギーの原理イメージ
(出所:NEDO)
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ニッケルと銅の積層チップ

 凝縮系核反応は、かつて「常温核融合(Cold Fusion)」と呼ばれた。1989年に米ユタ大学の研究者がこの現象を発表し、世界的に脚光を浴びた。この報告を受け、各国が一斉に追試を行った結果、日本も含めた主要研究機関が否定的な見解を発表した。

 ユタ大の報告は、パラジウム電極を重水に浸して電気を流したところ、化学反応では説明できない過剰熱が観測されたというものだった。だが、多くの研究者による追試では、現象自体の再現性に乏しく、「似非(えせ)科学」とさえ見られるようになった。

 しかし、一部の研究者が地道に研究を続け、電極方式のほか、パラジウム・ナノ粒子への重水素吸蔵に伴う発熱、重水素ガスのパラジウム薄膜透過に伴う核変換などの現象が報告され、徐々にこれらの現象の再現性が高まってきた。2010年頃から、米国やイタリア、イスラエルなどに、エネルギー利用を目的としたベンチャー企業が次々と生まれている。米国ではグーグルなどIT大手企業も参入している。

 クリーンプラネットは、2012年に設立したベンチャー企業で、2015年に東北大学と共同で設立した同大学電子光理学研究センター内「凝縮系核反応研究部門」と川崎市にある実験室を拠点に、量子水素エネルギーの実用化に取り組んでいる。東北大では三菱重工業在籍中に同分野で成果を上げた岩村康弘特任教授を中心に基礎研究を担い、川崎市の実験室では、実用化に向けた開発を続けている。発熱現象の再現性はすでに100%を確保しており、研究課題は定量的な再現性に移っている。

 こうした研究成果に着目し、2019年1月には三菱地所が、同年5月には三浦工業がクリーンプラネットに出資した。その後も、順調に実用化に向けて研究が進んできたため、今回、三浦工業と産業用ボイラーへの応用に関して共同開発を本格化させることになった。 2022年にはプロトタイプを製作し、2023年には製品化する予定という。

 クリーンプラネットの研究成果で注目すべきは、相対的にコストの安いニッケルと銅、軽水素を主体とした反応系での発熱で100%の再現性を確保している点だ。具体的には、14nm(ナノメートル)のニッケルと2nmの銅を多段に積層したチップ(発熱素子)を真空状態に置き、軽水素を封入して加熱すると投入エネルギーを超える熱が長期間にわたって放出される。この発熱量は化学反応では説明できない。

 チップ金属の結晶構造には、所々に格子欠陥があり、複数の水素原子が欠損部にはまり込むことで接近し、凝縮により原子核の融合に至り、その際、質量欠損分が熱として放出されると見られる(図2)。

図2●ニッケルと銅を積層した発熱素子
図2●ニッケルと銅を積層した発熱素子
(出所:日経BP)
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再エネ水素に「レバレッジ」効果

 川崎市にある実験室の装置では、チップに一度水素を封入して加熱すると120日程度、投入したエネルギーを超える熱を出し続けるという。その際のCOP(成績係数:投入・消費エネルギーの何倍の熱エネルギーを得られるかを示す)は12を超えるという。一般的なヒートポンプ給湯機のCOPは3前後なので、桁違いの熱を発生させることができる見込みになっている(図3)。

川崎市にある実験室の装置
川崎市にある実験室の装置
(出所:日経BP)
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 凝縮系核反応による核融合では、熱核融合炉では放出される中性子線やベータ線といった放射線が出ないことも大きな特徴だ。クリーンプラネットの核融合装置でも放射線はまったく観測されていない。

 同社ではまず三浦工業と共同で、工場の乾燥工程などで使う高温蒸気を発生させるボイラーを想定して製品化を進めるという。発熱素子は投入温度が高いほど反応が活発化することから、工場で使いきれない200度前後の排熱を継続的に投入して入口温度とし、出口温度を500度程度に高めるなどの運用を想定している(図4)。

図4●「量子水素エネルギー」による発熱ユニットとボイラーのイメージ
図4●「量子水素エネルギー」による発熱ユニットとボイラーのイメージ
(出所:クリーンプラネット)
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 クリーンプラネットCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)の遠藤美登氏は、「現時点では、発熱量の実測値が想定値より2~3倍も大きくなるケースもあり、やはり定量的な再現性が課題になっている。あと2年ほどかけて改良を重ね、温度制御の精度を十分に高めたうえで製品化したい」と言う。

 さらにその先には、産業向け用途の拡大と民生用、そして発電システムへの応用をイメージしている。

 発熱素子は複数枚、重ねることで1000度近い高温を生み出すことも可能という。「将来的には、製造工程で電化の難しい様々な高温プロセスへの適用も期待できる」(遠藤氏)と見ている。ただ、1200度を超えるとニッケルが融け、素子の層構造が崩れるため、そこで反応は止まるという。見方を変えると、かりに熱交換の不具合などで素子の温度が急上昇しても1200度に達した時点で停止するため熱暴走は起きないという。

 また、民生用の暖房用途などには、断熱構造の工夫で、追加的に熱を加えずに熱自立できるタイプが向いている。「例えば、チップをシート状にし、コンデンサのように巻き紙構造にすることで発熱温度が容易に上がり、熱自立させて長期間、一定の発熱を維持できる可能性がある」と、遠藤氏は言う。

 「発熱素子のナノレベルの積層構造は、日本の製造業が強みとする薄膜技術が生かせる。こうしたノウハウのある企業と組むことでチップの大面積化、シート化も容易とみており、そうなれば応用範囲も広がる」(遠藤氏)と見ている。

 発電システムへの展開では、蒸気タービン発電機との組み合わせをイメージしているという。熱電素子によるコンパクトな構造も可能だが、発電効率を重視すれば、熱を蒸気に転換して発電機を回すランキンサイクルが有利とみている。

 「量子水素エネルギー」は、燃料である水素を再生可能エネルギーで製造すれば、CO2を排出しないカーボンフリーのシステムになる。現在、再エネ由来の水素を電気に変える場合は燃料電池システムを使うが、その場合、発電効率は50%前後と、ロスが大きい。「量子水素エネルギー」であれば、ランキンサイクルによるロスを含めても発熱量が大きい分だけ同じ量の水素から生み出せる電気は、燃料電池の数倍以上に達する可能性があり、その分だけ、再エネにレバレッジ(てこ)効果が働き、結果的に再エネの開発容量を減らせる。

 クリーンプラネットの吉野英樹社長は、「現時点で、量子水素エネルギーの製品化では世界の先頭を走っており、すでに21カ国で特許を取得した。ただ、ここにきて欧米で官民を挙げてこの分野への投資を急拡大させる動きもある。今後もノウハウを持つエネルギー関連企業と連携することで開発速度を上げ、さまざまな用途に展開していきたい」と話す。