巻頭言

編集長 小平和良

2022年5月号

32期連続増収増益の背景に経営者の哲学

 ここ数年、日経ビジネスのコラム「賢人の警鐘」の取材で、ヤオコーの川野幸夫会長に定期的にお目にかかる機会がありました。

 埼玉県川越市を拠点に関東でスーパーマーケットを運営しているヤオコーは、2021年3月期まで32期連続で増収増益を達成。同期の連結売上高は5078億円で、東証プライム市場に上場する、スーパー業界を代表する1社です。

 ただ業績をさかのぼってみると、1990年代前半まで売上高500億円に満たない規模でした。ヤオコーは「失われた30年」といわれる時代の中でも着実に成長してきたのです。

 川野さんの母親は青果物や鮮魚などを売る地域の商店をセルフサービス型のスーパーマーケットに転換しました。川野さんはそれを受け継ぎ、米国式のチェーンストア理論に基づいて店舗を増やしてきました。しかし、それだけが同社の成長の要因ではありません。

 バブル経済後、日本経済が低迷し、価格競争が激しくなる中で、ヤオコーは「食生活提案型」のスーパーになることを掲げ、単純な安売り競争とは一線を画してきました。そして、豊かで楽しい食生活を提案できる売り場をつくるために、パート従業員も自らの創意工夫を生かせる「全員参加の商売」を実践しています。

 こうした経営には川野さんの「店舗がある地域の人の食生活を豊かにしたい」「従業員にいきいきと働いてもらいたい」という一貫した考え方が反映されています。ヤオコーは上場していますが、川野さんは「株主が第一ではない。お客様、従業員を優先する」と明快です。もちろんオーナー家が多くの株式を保有しているからこそ言える言葉ではありますが、川野さんは「新しい資本主義」という考え方が広まる前から、「株主第一ではない」と公言し続けています。

 川野さんはさらにこう言います。「これからはリーダーの思想や考え方がますます重要になってくる。特にオーナー企業の経営は経営者の人生哲学とつながっている」。今号ではユニークな戦略や仕組みを持つ会社を多く取り上げました。その戦略や仕組みの背景にある経営者の哲学や思想、生き様にも注目して記事をお読みください。

激変する世界で変えるもの、変えないもの

 2014年から4年半あまり中国・上海に駐在していました。今でこそモバイル決済大国となっている中国ですが、赴任した当時は支付宝(アリペイ)などのモバイル決済が普及し始めたばかり。その後、あっという間に誰もがモバイル決済を使うようになり、利があると見れば一気に動く中国のスピード感に驚きました。中国メディアによると13年から18年の5年間でモバイル決済金額は約27倍に拡大したそうです。日本に帰る頃には財布を出す機会はほとんどなくなりました。

 スマートフォンを使って簡単にお金のやり取りができるようになったことに伴って、シェアサイクルや料理の宅配サービスなども一気に広がりました。当時も南シナ海での領有権の主張など中国が強権的な姿勢に転じつつあることが問題となっていましたが、ITを駆使した新たなサービスが次々と広がり、社会と経済が変化していく面白い時期であったことも確かです。

 私が日本に帰任してから3年半がたちました。習近平国家主席が率いる中国は以前よりも強権的な面を隠さなくなりました。米国との対立は激化し、政府や中国共産党は民間企業への締め付けを強化しています。中国の電子商取引最大手、アリババ集団の創業者であるジャック・マー氏は表舞台から姿を消しました。

 世界を見渡せば、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻で、企業経営の前提となる社会や経済の先行きはますます見通しづらくなっています。世界中で事業を手掛ける企業に限らず、あらゆる企業が激変する環境に対応していかなければならない時代になったといえます。

 その一方、先行きが見通しづらい中で企業を永らえさせるには、確固とした理念が必要です。14年6月、盛和塾の大会のために浙江省の杭州を訪れた稲盛和夫氏はマー氏と面会しました。「中国の企業にはもっと思想や文化が必要だと思う」。尊敬する経営者である稲盛氏を前にマー氏はこう語りました。

 今号から前任の北方雅人に代わり編集長を務めます。不確実性が増す世界で何を変えて、何を変えないのか。今後も読者の皆様のヒントになるようなコンテンツをお届けしていきます。引き続きご愛読ください。