栃木県南東部に位置する真岡市は、商・工・農業のバランスのとれた地域で、日本一のいちごの生産地としても有名だ。「ここは『住みやすく』『働きやすく』『子育てがしやすい』、3拍子揃った市と自負している」と石坂真一市長は語る。例えば2歳までの子を抱える世帯におむつ券を発行したり、栃木県では唯一24時間対応で子育て相談窓口を設けたりするなど、働きながら子育てできる環境を整えている。

真岡市長の石坂真一氏(撮影:加藤 康、以下同)
真岡市長の石坂真一氏
(撮影:加藤 康、以下同)

そんな真岡市の暮らしやすさを支えているのがICTの活用だ。真岡市では、現在のようにデジタル革新(デジタル・トランスフォーメーション、以下、DX)が注目される以前から、行政のデジタル化に取り組んできた。総務省が「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」を策定して旗振りを始めたのが2020年12月だが、「真岡市ではそれよりも前から『ハイフレックス市役所』を目指してICT活用に取り組んできました」と石坂市長は胸を張る。

「ハイフレックス市役所」とは真岡市が掲げるDXビジョンのひとつで、石坂市長が発案した造語である。具体的には、市が提供するさまざまな行政サービスについて、市民の視点からアナログでサービスを受けるのかデジタルでサービスを受けるのかを選択できるのが大きな特徴だ。例えば、各種届出の手続きなどでデジタル手続きを希望する子育て世代には「来なくて済む市役所」や「24時間オープンの市役所」の実現を目指す。その一方で、デジタルが苦手な高齢者などにはこれまで通り、職員がきめ細やかなサービスを提供し、窓口サービスの質や満足度の向上を図る。石坂市長は「総務省の自治体DX推進計画によって、多くの自治体のDXへの取り組みが本格化するでしょう。真岡市もこれまでの取り組みを継承しつつ、さらに加速度を上げていきます」と前を向く。

真岡市では、これまでもケーブルテレビのネットワークを災害対策に役立てたり、災害向けの防災ラジオを導入したりして、災害が発生した時には24時間いつでも市民に対して情報発信できる仕組みを整えてきた。しかし、石坂市長は市民への情報発信についてはもっと変えていくという。「例えば、真岡市は広報誌を月1回発行しているが、それだけでは足りない。SNSを活用するなど情報発信もデジタル化することで、市民に対してアピールすることが必要です。災害対応や子育て支援、各種手当など、行政がどのようなことをやっているのか、市民がどんなサービスを受けられるのか、それらを市民が耳で聞く、目で見る、スマートフォンで調べる、とさまざまな手段で知るようにするのは行政として重要なこと。『誰一人取り残さない』という考えのもとに進めていきます」と語る。

RPAやAI議事録の導入でDX化を推進

真岡市が目指すDXビジョン「ハイフレックス市役所」の実現に向けた具体的な取り組みが、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)ツール「WinActor」とAI(人工知能)議事録作成ツール「AmiVoice ScribeAssist」の導入だ。RPAを導入して成果を出した自治体の新聞記事を読んだ石坂市長が、真岡市でも取り入れてみてはどうかと指示したのがスタートだった。検証に2年を費やし、2019年から本格的に運用開始した。

RPAを導入する前は、子育て支援の給付業務や、医療費の申請対応など単純な繰り返し業務を職員が大量にこなす必要があった。申請から支給までの流れは単純だが、紙を見ながらシステムに手入力するので、どうしても時間がかかる。それも、昼間は窓口業務が優先なので夜に集中して業務を行うことになり、時間外労働の増加も懸念された。

同市総合政策部 情報政策課 情報管理係長の小池 知恵子氏は「将来的に人口が減ってそれに伴い職員の数も減った場合、時間外労働でかろうじて回せているものも、時間外労働では追いつかなくなる時が来るだろうと思いました。そこで、職員でなくてもできる業務はRPAやAIに任せて職員は違う業務ができるような仕組みを導入しようとなり、RPAのほかにもAI議事録作成支援システム、AI OCR、AIアナウンサー、チャットボットなどを導入して、内部の事務の効率化を図りました」と説明する。

総合政策部 情報政策課 情報管理係長の小池 知恵子氏
総合政策部 情報政策課 情報管理係長の小池 知恵子氏

とはいえ、RPAによる自動化はやろうと思ってすぐにできるものではない。真岡市ではまず、幹部職員にRPAとは何かという説明から始めたという。「現在の業務の状況と、RPAを導入するとここが効率化されますという話をして、所属長の理解を深めたのが最初です。それから、一般職員向けにRPAでどういう成果が出るのか報告会を行いました。所属長の理解がないと職員がいくらやりたいと言っても、忙しいからそんなことやっている場合じゃないと言われてしまう。上層部の理解を得る、つまり『上を温めること』が大切でした」(小池氏)と振り返る。

続いて実際にRPAでどのような効果が得られるのか検証を始めた。RPAを取り入れたのは、「高額医療事務」「健診予定日の入力業務」「自立支援医療業務」「認定こども園の手続き」「就学時のデータ入力業務」の5業務。効果が出やすい業務を選んだのではなく、あえて「効果が出にくいと思われる業務」にも導入した。そのため削減率が1桁と低い業務もあったが、自立支援医療業務では98%削減という高い効果が出たという。

小池氏は、これからRPAを始める自治体に対して「私たちがやった当時は手探りでしたが、今はRPAそのものが理解されているので、何となく効果が出そう、出にくそうと肌感覚で分かると思います。だから、今からやるのなら効果が高そうな分野に導入した方が得策」とアドバイスする。そして「RPAで業務を効率化しようという『熱量』が高いうちに、シナリオを作って運用まで一気に回してしまうことも大切です」という。

もうひとつ、真岡市ではスモールスタートで実施したこともRPA導入がスムーズに進んだポイントだという。「RPAをきちんと導入するにはそれなりの予算が必要です。そこで、検証業務という名目でミニマムな予算を通し、効果が出たので本格導入していくというストーリーを描いて取り組みました」(小池氏)。具体的には「スモールスタートで始めて、1年あたり4業務くらいのペースで拡大しました。RPAは作ったら終わりではなくメンテナンスも必要なので、正確にきちんと動かそうと思ったら50も100もというのは無理です。大きな自治体なら可能かもしれませんが、真岡市の規模では、効果を見極めながら少しずつ増やしていくのがベストと考えています」(小池氏)