小田急電鉄は2022年3月12日から新たに運賃を改定。大人運賃の半額だった12歳未満の子供運賃を、IC乗車券を利用した場合に全区間で一律50円としたのである。期間限定ではなく、持続的に子供運賃を大人運賃の半額以下に一律で低廉化するのは、全国の鉄道事業者で初めての取り組みだという。

背景にあるのは沿線の人口減少

初乗りについては、従来の子供運賃(IC乗車券利用時、以下同)は63円だったので、今回の値下げでは13円安くなる。そして小田急電鉄でもっとも長い区間である新宿駅-小田原駅間では445円だった運賃が50円に引き下げられるので、実に9割近い値下げだ。この大胆な運賃改定の背景について、同社交通企画部の平塚慎也氏は次のように話す。

小田急電鉄 交通企画部の平塚慎也氏(写真:加藤 康)
小田急電鉄 交通企画部の平塚慎也氏
(写真:加藤 康)

「今回の運賃施策の背景として最も大きかったのは、沿線人口の減少です。弊社が行った試算では、沿線人口は2020年の約520万人をピークに減少に転じ、2035年には約502万人になると推計しています。これから15年かけて20万人ぐらい減っていくということになります。日本全体が人口減少の局面に入っているので仕方のないところもあるのですが、鉄道事業の収益は沿線人口に依存している要素が大きく、この問題に対して新しいアプローチが必要だという判断がありました。

小田急線の沿線人口は2020年度をピークに減少に転じる見通し(出所:小田急電鉄)
小田急線の沿線人口は2020年度をピークに減少に転じる見通し
(出所:国立社会保障・人口問題研究所データを基に小田急電鉄が作成)

もうひとつは、弊社が定期的に行っている他社沿線地域を含む住民アンケートで、小田急電鉄に対する子育て世代の愛着度が他社鉄道と比べて低いという結果が出たことです。今後、沿線人口を増やしていこうとするなら、子育て世代を中心とする若い層に好まれ、愛着を持たれる沿線であることは非常に重要です。そこで、どのようにこの世代を沿線に呼び込むかという課題に取り組んだことから今回の企画がスタートしました」

沿線人口の減少対策、子育て世代の誘致に向けた取り組みの検討は、3年前から進められていた。どのようなサービスや施策が求められているのか議論を重ねる中で、事業の中長期的な計画を立案する交通企画部から「子供運賃の大幅値下げ」というアイデアが出たことが、今回の“一律50円”企画の始まりだった。実現性の検討にあたって旅客営業部など他の関係部署を巻き込んでチームアップが行われ、プロジェクトチームを設置して具体的な計画を詰めていった。

しかし、このタイミングで新型コロナウイルス感染拡大という予期せぬ事態が起こる。鉄道の旅客輸送は大きく落ち込み、運輸収入も減少。小田急電鉄も2020年度の決算はコロナ禍発生前の2019年に比べて大幅に悪化した。経営を立て直すために運賃値上げの方針を打ち出した私鉄もある。そうした状況であっても、小田急電鉄が今回の持続的な一律値下げに踏み込んだ理由はどういったものなのだろうか。

コロナ禍で旅客輸送は大きく落ち込んだ。グラフは小田急電鉄の定期外輸送人員の推移(出所:小田急電鉄)
コロナ禍で旅客輸送は大きく落ち込んだ。グラフは小田急電鉄の定期外輸送人員の推移
(出所:小田急電鉄)

「2020年度の運輸収入についてはかなり落ち込みました。今年度はそれに比べると戻り調子になっていますが、今後、コロナ禍以前の水準に戻るかは確かに見通せないところはあります。ただ、実は子供運賃が運輸収入に占める割合は、全体の1パーセントに満たないほど小さく、値下げのインパクトに比べて、経営に与える影響はそれほど大きなものにはならないのです。

今回の値下げによって2億5000万円の減収を見込んでいますが、人口減少という大きな課題を“子育てしやすい沿線”になることで解決し、将来の増収を図るという中長期な目標に向けた熱い思いがチームの中にありました。値下げの実現にあたっては、さまざまな議論がありましたが、最終的にそうした思いが今回の意思決定を引っ張ったのだと感じています」