避難所運営で露見したペット同伴世帯への配慮不足

広島県熊野町は、江戸時代後期に毛筆製造技術がもたらされた。現在では、国内随一の生産量を誇る毛筆、画筆、化粧筆の産地として「筆の都」と呼ばれ、毎年秋分の日には筆まつりが開催されている。サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」の国民栄誉賞の副賞として、熊野町の化粧筆が贈られたこともある。

熊野町は、1945年9月に枕崎台風の襲来を受けた後、しばらくは自然災害による死者が出るような大きな被害を免れていた。しかし2018年の「平成30年7月豪雨」により、町内各地で土石流や崖崩れ、河川氾濫などが発生し、川角地区内の団地の1つである大原ハイツでは12名の尊い命が犠牲となった。

「私たちは平成30年7月豪雨から、多くの教訓を得ました。ハード面では災害は必ず起こるもので、その先を見据えた施設整備が必要と考え、砂防堰堤や山際の団地を孤立させないための新たな避難路の整備と、防災拠点や避難所を充実させ、ソフト面では、『いち早く避難する』体制の必要性から、「自助」「共助」「公助」そして協働による防災・減災のまちづくりに取り組みました。災害による犠牲者を出さないため、ハード・ソフトの両面から防災対策に取り組んでいます」と、熊野町の三村裕史町長は語る。

熊野町の三村裕史町長
熊野町の三村裕史町長

平成30年7月豪雨による教訓から策定された「防災拠点施設整備構想」にもとづき、町内を東部・西部・中央の3エリアに区分して防災交流センターを整備している。各センターには備蓄倉庫とシャワー室、授乳室などを備えるとともに、ペット同伴の避難者にも対応するため、緊急時に設置するペット専用スペースで犬20匹、猫10匹が収容できる体制を整えた。

「ペット同伴の避難は、平成30年7月豪雨の際の避難所運営で露見した課題でした。まずはここをクリアし、今後は『避難率をいかに高めるか』ということに注力したいと考えています。災害発生直後は避難率が高くても、時間の経過とともに避難率は下がっていく。これは、どこの自治体でも悩みのタネだと思います。しかし、土砂崩れが起こってからでは遅い。平時から緊張感を保ち、避難率を高めていけるよう、取り組みを続けていく必要があります」(三村町長)

今年4月、ペット同伴の避難者にも対応する新館がオープンした熊野西防災交流センター
今年4月、ペット同伴の避難者にも対応する新館がオープンした熊野西防災交流センター

熊野町では、過去の教訓を後世に伝えるため「熊野町平成30年7月豪雨被災誌」を作成。また、「災害対応の一環として、今後はマイナンバーを活用したい」と、三村町長は語る。

「熊野町は、マイナンバーカードの交付率が5割超と県内トップ。マイナンバーを活用すれば、避難所への入退管理なども容易になるはずです。今後、DXを活用した防災・減災の取り組みを推進していきたいと考えています」(三村町長)

世界に認められた宿場町の発信と防災対策を両立

岡山県南西部に位置する矢掛町は、山陽道の宿場町として栄えた町である。町内には江戸時代の旧本陣・石井家住宅と、旧脇本陣・高草家住宅が現存し、その2件ともが国指定重要文化財。本陣・脇本陣がそろって国重文指定を受けるのは全国でも例がなく、2020年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

旧矢掛本陣石井家住宅
旧矢掛本陣石井家住宅

そんな矢掛町も、水害に苦しめられた過去を持つ。1976年に台風で市街地全体が浸水し、2018年に「平成30年7月豪雨」が襲来。町内4ヵ所で堤防が決壊するという、未曾有の大災害となった。「これを機に、町では2年前に防災課を新設。タイムリーに動く行政を目指して、意識変革を進めているところです」と、矢掛町の山野通彦町長(2022年4月6日当時)は語る。

平成30年7月豪雨で甚大な被害を受けた当時の矢掛町の様子
平成30年7月豪雨で甚大な被害を受けた当時の矢掛町の様子

矢掛町では、従来の指定避難所に加え、新たに「避難所」を開設。高齢者等避難や避難指示を町が発令する前に、町民が自分の判断で避難できるようにした。

「岡山県は、もともと災害が少ない地域。平成30年7月豪雨でも全ての地域が被災したわけではなく、全町民が危機意識を持っているとはいえないのが実情です。このため、町としてはハードを含めた防災対策に取り組みつつ、自主防災組織の活動を推進し、町民に意識付けをしている段階です」(山野町長)

矢掛町の山野通彦町長(2022年4月6日当時)
矢掛町の山野通彦町長(2022年4月6日当時)

こうした防災対策を進める一方で、同町では、伝統的な町並みを活用した観光振興を推進。宿場町の再生を10年がかりで進めてきた。

現在、町内には、古民家を再生利用した5件の宿泊施設がある。その1つが『矢掛屋 INN&SUITES』だ。2018年、矢掛屋は日本初の「アルベルゴ・ディフーゾ」ホテルとして認定された。「アルベルゴ・ディフーゾ」とは、イタリア語で「分散したホテル」の意。 空き家を宿として再利用することで、町をまるごと活性化しようというイタリア発の取り組みだ。

江戸時代の古民家を改装した「矢掛屋 INN&SUITES」
江戸時代の古民家を改装した「矢掛屋 INN&SUITES」

「『矢掛屋 INN&SUITES』は、行政と民間が一体となったまちづくりの成果として生まれたもの。それを説明したところ、矢掛町が世界初のアルベルゴ・ディフーゾ・タウンとして認定されることになりました。このことを、国内外にPRしようとしていた矢先に、コロナ禍に見舞われ、本格的なスタートはまだこれからという状況です」

今後も防災対策に力を入れつつ、アルベルゴ・ディフーゾ・タウンとして世界に発信し、地域活性化を進めていきたい――山野町長は、そう抱負を語った。