日々、私たちの食卓を彩る惣菜。スーパーやコンビニには豊富な惣菜が並び、栄養バランスを考えて一品追加したり、家事軽減のために主菜としたりなど惣菜文化が根づいている。日本は恵まれた国だと実感するが、その裏で惣菜製造業の現場は人材不足にあえいでいる。

経済産業省の調査によれば、食品製造業の労働生産性は製造業のなかで最も低い。中でも惣菜関連は最下位で、機械化が非常に遅れている。テレビ番組などでは徹底的に機械化された食品工場の風景を目にするが、あれはごく一部の話。消費期限が短い加工食品の製造、特に盛り付けは複雑な工程が多く、いまだに人手に頼らざるを得ない。そのため、食品製造業の労働者約130万人中、およそ半分が惣菜製造に従事しているという。

労働集約型の惣菜製造業にロボットの力を

この課題を解決し、ロボットによる効率化を図るために動き出したのが日本惣菜協会。同協会は1979年(昭和54年)に設立された、中食・惣菜事業者支援を行なう一般社団法人である。主な事業に惣菜管理士の研修や資格試験の運営、HACCP(ハサップ、国際的な食の衛生管理手法)の指定認定機関、企業間交流の場の提供などがある。正会員から協力会員までを含み、2022年5月11日現在で全国の632社が加盟する。

この日本惣菜協会に2021年7月、食品大手のキユーピーから転職してきたのがAI・ロボット推進イノベーション担当フェロー 荻野武氏である。荻野氏は新卒で日立製作所に入社し、中央研究所で電子回路研究や半導体・撮像素子研究に携わってきた。日立時代の後半は新興国の都市開発や脳科学の新規事業などを担当した。

日本惣菜協会 AI・ロボット推進イノベーション担当フェロー 荻野武氏(写真:小口正貴)
日本惣菜協会 AI・ロボット推進イノベーション担当フェロー 荻野武氏
(写真:小口正貴)

脳科学の研究で食の重要性に開眼したのを機に、2016年にキユーピーに転職。43件ものAI(人工知能)プロジェクトに関わり、食品メーカーの自動化に大きく貢献した。そのうちの1つ「AI食品原料検査装置」は社内外から高く評価され、同業他社にも提供。2020年には内閣府による「第2回 日本オープンイノベーション大賞 農林水産大臣賞」を受賞した。

現在の役職では最新技術、そして事業創出に関する見識をいかんなく発揮する。移ってきてすぐに取りかかった経済産業省による「令和3年度 革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」では、惣菜製造業においてロボットが稼働しやすい「ロボットフレンドリー(ロボフレ)な環境」の構築に尽力。ロボット・AI関連企業のチームビルディングを行ない、ポテトサラダの惣菜盛付ロボットシステムを開発し、わずか半年で現場の実装までこぎつけた。

ロボフレな環境構築プロジェクトで披露した「惣菜盛付ロボットシステム」。2022年3月29日に行なわれたメディア発表会で撮影(写真:小口正貴)
ロボフレな環境構築プロジェクトで披露した「惣菜盛付ロボットシステム」。2022年3月29日に行なわれたメディア発表会で撮影
(写真:小口正貴)

今回開発したシステムをベースにさらなる低価格化・小型化を図り、中小規模の惣菜製造企業に廉価で販売、生産性の底上げを狙う。労働集約型の世界にテクノロジーの楔を打ち込んだ荻野氏の哲学を探った。

理念は「One for all, All for one」

――惣菜製造業における「ロボフレな環境」をリードされています。このプロジェクトの発端について教えていただけますか。

惣菜製造業で機械化が進まない背景には、「盛り付けの技術レベルが高く実現が難しい」「中小企業が多いため、個社ではコスト面や運用面でシステム開発・維持が不可能」といった課題があります。ならば、代表ユーザー群が協力して優れた安価なシステムを開発し、それをあまねく提供すればいいのではないか。そう考えたのがきっかけです。

――相互に協力し合いながら困りごとを解決しようと。

その通りです。私は2021年7月に日本惣菜協会に入りましたが、翌8月に経済産業省の公募があり、即座に15社から成るプロジェクトチームを組成して採択されました。現場のユーザーチームとソリューション構築チームで構成しているのが特徴です。こうした取り組みでは、現場の使い勝手を検討せずにソリューションを開発することが往々にしてありますが、それだと誰も使わないシステムになってしまいます。そのため、最初から“きちんと現場で使えること”を念頭に進めてきました。

――プロジェクトチームの陣容は。

ユーザーチームではマックスバリュ東海、ヒライ、藤本食品、イチビキなど。ソリューションチームではTeam Cross FA、コネクテッドロボティクス、アールティなどが参画しています。今回はロボフレな環境構築と並行して、量子コンピュータによる勤務シフト計算とAIによる需要予測にも取り組んでおり、そちらはグルーブノーツが担当しました。

ヒライ、藤本食品、イチビキに導入した人型協働ロボット「Foodly」。唐揚げを把持する様子(写真:小口正貴)
ヒライ、藤本食品、イチビキに導入した人型協働ロボット「Foodly」。唐揚げを把持する様子
(写真:小口正貴)

チームビルディングで最も重視したのが「One for all, All for one」の理念です。ソリューションチームにはロボットとAIのトップベンチャーが集まっていますが、志を達成するために皆が助け合う心構えが大切であることを徹底しました。

根底には、渋沢栄一氏が提唱した合本主義があります。すなわち「公益を追求する使命、目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進する」との考え方です。共通課題を抽出してトップ企業が資本を合本することでシステム価格を下げることができ、中小企業にシステムが普及すれば人手不足が解消されます。その結果、惣菜製造業全体の利益向上につながるのです。

――わずか半年後にはポテトサラダの自動盛り付けロボットをマックスバリュ東海の長泉工場で実稼働させました。驚くべきスピードですが、どのように進めたのでしょうか。

正直なところ、最初は無理だと思っていました。これまで盛り付けロボットに挑戦してきた企業はたくさんありますが、どこも成功していませんから。しかもポテサラは粘度が高く重量のばらつきもあり、その上で見栄えを良くしなければならないなどさまざまなハードルがあります。それなのになぜ最初に挑んだかと言えば、生産量が最も多いからです。ここを乗り越えれば、横展開ができると信じて突き進みました。

2022年3月29日のメディア発表会でもお披露目しましたが、簡単そうに見えてかなり苦労したのは事実です。盛り付け用のハンドや機構に加え、制御アルゴリズムもまさに試行錯誤の連続でした。一方、どうすれば効率良く短時間で作業できるかはコンピュータで仮想的にシミュレーションを行なうなどデジタルツインをフル活用しました。

マックスバリュ東海とはオンラインで毎日定例会議を設け、現場スタッフ、役員、開発チームが集まってミーティングを重ねました。日々、課題を報告して解決案を提示するサイクルを繰り返し、現場の意見を吸い上げたことが成功の要因です。関わった人たちすべてが「世界にない技術を作り上げている」とのワクワク感がありました。皆が一体となってOne Teamを体現した手応えを感じましたね。

日本惣菜協会や経産省、マックスバリュ東海ほか、プロジェクトに参画した面々(写真:小口正貴)
日本惣菜協会や経産省、マックスバリュ東海ほか、プロジェクトに参画した面々
(写真:小口正貴)

――導入の効果は現れましたか。

はい。1ラインに4台を投入し、ポテサラの盛り付け工程の人数を7人から3人に減らすことができました。生産性の向上はもとより大幅な人件費削減効果が可能となり、約2年で投資回収ができる見込みです。ポテサラ以外にマカロニサラダなども進めており、2022年度は盛り付けロボットをより安く、小型化して普及させたいと考えています。

私は常に、最低でも2年で投資回収を実現することを目標にしています。通常、設備投資は5年〜10年間を範囲としますが、昨今は急激な社会環境の変化によって途中で使わなくなってしまうケースがたくさんあります。仮に1億円を設備投資して3年で使わなくなれば、6600万円の損失が出てしまう。資本力のある大手ならまだしも、中小企業が失敗したらそれこそ倒産を招きます。社会において技術が最も貢献できるのはコストを下げられる点。これは、長く技術者として生きてきた自分の実感です。