首都圏の大動脈として人びとの生活を支える首都高速道路(以下、首都高)。東京都心部から神奈川、埼玉、千葉まで張り巡らされた道路の総延長距離は327.2キロにも及ぶ。日本を代表する道路網である。

首都高は高度経済成長期、都内の慢性的な交通渋滞緩和を目的に誕生した。その歴史は1962年に開通した京橋〜芝浦間から始まった。建設のピークが1960〜1970年代ということもあり、近年は“高齢化”が進んでいる。2021年4月時点で、40年以上経過した路線は約4割にものぼる。

この老朽化した道路を、1日およそ100万台(2019年度実績)もの自動車が走行する。そのため適切な維持管理は不可欠だ。首都高の点検は大きく日常点検、定期点検、緊急点検に分けられるが、そのどれもが手間がかかる。道路上の異物監視はもちろんのこと、橋梁下部に接近しての目視点検、ハンマーで叩きながらの異音チェックなど、特に人目につかない部分の点検は地道かつ正確な作業が求められる。しかも不安定な足場での作業や夜間業務が多く、肉体的にもきつい。

高所作業車による点検の様子(出所:首都高技術)
高所作業車による点検の様子
(出所:首都高技術)

ただし、負荷の大きい労働集約型のメンテナンス業務を良しとしてきたわけではない。現場仕事に就く若い人材が年々少なくなってきている背景もあり、作業の効率化は長年の課題として挙げられてきた。

そこで首都高では、2017年からスマートインフラマネジメントシステム「i-DREAMs(アイドリームス)」の運用を開始。クラウドを採用した維持管理支援システム「InfraDoctor(インフラドクター)」はi-DREAMsを外販用にスピンオフしたシステムである。メンテナンスの効率化や現地状況の確認などに役立てている。

劇的な工数削減をもたらしたインフラドクター

インフラドクターのコア技術は、3次元点群データとGIS(地理情報システム)を組み合わせたものだ。自動車に3Dレーザースキャナーと全方位カメラを搭載したMMS(Mobile Mapping System:移動計測車両による測量システム)により、法定速度で走行しながら3次元点群データと全方位動画を同時に取得。取得データはクラウドに保存され、ブラウザでの閲覧・操作が可能となる。

MMSによるデータ取得のイメージ(出所:首都高技術が公開したYouTube動画より)
MMSによるデータ取得のイメージ
(出所:首都高技術が公開したYouTube動画より)

画期的なのは、現地で実測しなくても現場の状態が気軽に確認できる点。取得した3次元点群データは正確なX、Y、Zの3次元座標を持ち、オフィスのコンピュータで点群データを用いた測量や、周辺構造物との距離計測ができる。点検業務に関しても同様で、構造物や施設物の経過観察、コンクリートなどの変状検出、路面性状調査などで効果を発揮する。またGISと連携しているため、地図をベースとしたインフラ構造物の維持管理や台帳管理も容易である。

地図上で3次元点群データの位置を即座に把握(出所:首都高技術が公開したYouTube動画より)
地図上で3次元点群データの位置を即座に把握
(出所:首都高技術が公開したYouTube動画より)

開発は、首都高グループの首都高技術、朝日航洋、エリジオンの3社でコンソーシアムを結成して進められた。2014年の開発当初から携わった首都高技術 インフラデジタル部長 兼 技術開発室長の安中 智氏は「デジタルテクノロジーによって、首都高はもちろん、あらゆる社会インフラの調査・点検業務をはじめとする維持管理業務の効率化、省人化を目指す。それがプロジェクトの原点でした」と振り返る。

安中氏によれば、首都高では20年以上前から先進技術を用いた効率化に挑んできたという。かつては赤外線、あるいはデジタル一眼レフカメラなどの高解像度画像分析なども試したが、どれも長短があり、ぴたりとはまることがなかった。しかし、2010年代半ばから3Dレーザースキャナーを始めとするリモートセンシング技術が急速に発達。ようやく活用できる道筋が立った。

「インフラドクターはレーザー発射数毎秒100万発のレーザーセンサで取得した3次元点群データを用いて様々な解析を行う。高精度な3次元点群データを確認しながら“劣化や変状箇所”を絞り込むことで、効率よく点検できるようになりました」(安中氏)

首都高技術 インフラデジタル部長 兼 技術開発室長 安中 智氏(写真:小口 正貴)
首都高技術 インフラデジタル部長 兼 技術開発室長 安中 智氏
(写真:小口 正貴)

その効果は実証されている。インフラドクターの開発チームが「精密工学会誌」(2019年・85巻・3号)に発表した論文では、測量業務における費用が67%、時間が72%、構造物の計画時における設置検討では費用が34%、時間が33%削減できるとした。

取材時、インフラドクターの挙動を見せてもらったが、3次元点群データとは思えないほどサクサクと動くことに驚いた。通常、専門的なソフトウエアはハードを含めてハイスペックを要求されることが多いが、ノートPCで誰でも簡単に扱えるのは大きなメリットと言える。インフラドクターの若手技術開発担当スタッフは「実際に人の目で見たようなデータを閲覧できるため、初めて触る人でも直感的に使いやすいシステム」と感想を漏らす。

ブラウザ上で円滑に動くインフラドクターのシステム(出所:首都高技術が公開したYouTube動画より)
ブラウザ上で円滑に動くインフラドクターのシステム
(出所:首都高技術が公開したYouTube動画より)

「MMSをインフラドクターとイメージされている方がいますが、インフラドクターは3次元点群データ、画像などのセンシングデータを分析・蓄積し、GISで手軽で便利にデータ検索する情報管理システムを指します。維持管理業務はもちろんBIM/CIM(建物情報のモデル化/建設情報のモデル化)にも利用できるトータルシステムです。このようなシステムはインフラドクターが初めて。最も大変だったのは実装です。産業分野へのIT活用は最新技術に目が向きがちですが、机上のプランが実社会できちんと動くかどうかは、実際に試してみないと分からない。今もアップデートを続けながら最適化を図っているところです」(安中氏)