最先端の映像制作手法として、バーチャルプロダクションが盛り上がりを見せている。きっかけは米ディズニーが2018年から制作を手がけた『スター・ウォーズ』のスピンオフシリーズ『マンダロリアン』。マンダロリアンでは、スタジオに巨大なLEDウォール(LEDディスプレイの壁)を築き、あらかじめ作り込んだ3D CG背景を投影。ウォールの前で俳優が演技した。

特筆すべきはカメラの動きにあわせて、LEDウォールに映し出される背景CGがリアルタイムで連動する点だ。天井に張り巡らされたカメラトラッキング用マーカーとカメラに取り付けたセンサーがカメラの動きを捉え、リアルタイムで人の動きに追従した映像を生成する。これにより、スタジオ内で演じながらあたかもロケ現場で撮影したかのような没入感と奥行きの視覚効果が得られる。しかも背景の3DCGは4K〜8Kと超高精細にディスプレイに表示されているため、演者としっくり馴染み、実写とCGの融合だと説明されても気づかない人が多数いる。それゆえ、ロケ不要の制作手法として大きく注目された。

常設スタジオを設けたソニーPCL

ソニーPCLもバーチャルプロダクションの可能性を追求する1社。2022年2月1日、東京都江東区に新しいクリエイティブ拠点として開設した「清澄白河BASE」では、国内でも屈指の規模となるバーチャルプロダクションの常設スタジオが稼働を開始した。

「清澄白河BASE」のバーチャルプロダクションスタジオ。背景の3DCGでは立体感のある奥行きが表現され、手前の被写体との整合性が取れている(出所:ソニーPCL)
「清澄白河BASE」のバーチャルプロダクションスタジオ。背景の3DCGでは立体感のある奥行きが表現され、手前の被写体との整合性が取れている
(出所:ソニーPCL)

LEDディスプレイにはソニーが開発した「Crystal LED Bシリーズ」を採用。横15.2メートル×高さ5.4メートル(解像度9600×3456ピクセル)で曲面状に配置し、CMや映画、ドラマ、音楽ビデオ、ライブ配信など多彩な映像コンテンツ制作で活用できるようにしている。

名前から分かるように、ソニーPCLはソニーグループの映像制作会社である。1951年(昭和26年)に設立したPCL(Photo Chemical Laboratoryの略)を起源とし、1970年(昭和45年)にソニーグループに参加。以降、ソニーの技術力と同調しながら、日本の映像制作業界を牽引してきた。清澄白河BASEを訪ね、バーチャルプロダクションが映像業界にもたらすインパクトと効果をソニーPCLのトップ2人に聞いた。

話を聞いたソニーPCL 代表取締役 執行役員社長 中村英明氏(左)、ソニーPCL 取締役 執行役員副社長 兼 技術部門 部門長 金谷俊作氏(写真:小口正貴)
話を聞いたソニーPCL 代表取締役 執行役員社長 中村英明氏(左)、ソニーPCL 取締役 執行役員副社長 兼 技術部門 部門長 金谷俊作氏
(写真:小口正貴)

時間と場所に縛られない選択肢を提供

――「清澄白河BASE」とはどのような場所なのでしょうか。

中村氏:われわれソニーPCLは「テクノロジーでコンテンツを革新し、新たな感動を生み出していく」をビジョンに掲げています。事業における大きな特徴は、自社でR&D(技術開発)機能を有していることです。「清澄白河BASE」におけるバーチャルプロダクションのシステム設計とスタジオ構築をはじめ、我々が培ってきた映像制作のノウハウと最先端の技術、そしてクリエイティブをシンクロさせ、新しい表現方法を追求する場です。目指すのは「想像を超えるコンテンツと感動を生み出す拠点」。その第1弾としてバーチャルプロダクションの常設スタジオを設置しました。およそ半分に相当する約760平方メートルを常設スタジオに充てています。

2022年4月に新社長に就任した中村氏(写真:小口正貴)
2022年4月に新社長に就任した中村氏
(写真:小口正貴)

――いつ頃からバーチャルプロダクションに着目したのでしょうか。

金谷氏:映像業界で火がついたのは2019年の『マンダロリアン』です。その後、2020年のCESでソニーがCrystal LEDディスプレイによるバーチャルプロダクションのソリューションを発表し、米国のソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントが手がけた『ゴーストバスターズ』のリアルデモを展示したのです。我々も米国に見学に行き、質の高さに衝撃を受けました。

このソリューションを元に、独自のバーチャルプロダクションソリューションの開発に着手したのが始まりです。2020年秋には、ソニーPCLの本社1FにLEDウォールを設置し、繁華街の背景とバイクの実車を組み合わせた実証を行ないました。背景を流しながら撮影しているわけですから、光の反射や映り込みもロケ同様に破綻がありませんでした。そこで手応えを得て、2021年には世田谷区にある東宝スタジオをお借りして複数回の本撮影を実案件で実施。最終的に、「清澄白河BASE」に常設スタジオを設置するに至りました。

――バーチャルプロダクションがもたらすメリットとは何でしょう。

中村氏:シンプルに言えば2つ。まず1つはさまざまな撮影の制約から解放されることです。天候や時間を気にせずに撮影が可能になり、クリエイティブな部分に時間をかけられるようになります。また、子役に夜のシーンがある場合、夜の背景を用意しておけば昼間に撮影できます。これは制作側からも非常にありがたいと言われます。

もう1つは常にゴールをイメージしながら映像制作ができることです。そこに背景があるので、演者、監督、撮影・照明スタッフなどが最終形を確認しながらイメージを共有できます。その点は最終形を想像しながら演じるグリーンバックとは明らかな違いです。

金谷氏:ある映画会社から聞いた話では、海外ロケに行って天候などの理由で1日延びると、撮影隊の規模によっては数百万円の延泊コストがかかるそうです。もちろん、ロケはテンションが上りますし、我々も長年リアルを追求してきた身なのでロケ地での撮影についてまったく否定しません。しかし、バーチャルプロダクションを活用すれば選択の幅が広がります。

技術畑を歩んできた金谷氏はテクノロジーの動向に詳しい(写真:小口正貴)
技術畑を歩んできた金谷氏はテクノロジーの動向に詳しい
(写真:小口正貴)

バーチャルプロダクションは物理的なウォールの大きさに左右されますから、引いた映像を撮るならグリーンバックのほうがいいですし、膨大なシーンがある映画やドラマをすべてこのスタジオで撮影するのもあまり現実的ではない。実践を重ねるに従い、シーンごと、シチュエーションごとにバーチャルプロダクション、ロケ、グリーンバックを使い分けるのが理想だと制作者も捉えるようになってきました。このように新しい手法を提供することで、さらに次の手法が見えてきます。