生涯で2人に1人がかかり、約3人に1人が亡くなる「がん」。働き盛りのビジネスパーソンが罹患するリスクも大きく、統計では40代を境に急激に罹患率が増え、就労世代のがん患者数は約3人に1人と言われる。

早期発見・早期治療に努めれば治る確率は上がるが、頭では理解していてもがん検診の受診率は伸び悩んでいるのが現状だ。2019年国民生活基礎調査によれば、2019年の5大がん(胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮頸がん)の男女別検診受診率(40〜69歳)は、最多で53.4%(男性・肺がん)、最少で37.1%(女性・胃がん)にとどまる。

男女別がん検診受診率の推移(出所:国民生活基礎調査<厚生労働省大臣官房統計情報部>)
男女別がん検診受診率の推移
(出所:国民生活基礎調査<厚生労働省大臣官房統計情報部>)

さらにコロナ禍が襲った2020年は感染を恐れて検診控えが加速。日本対がん協会の調査では、5大がん検診受診率は対前年比で30.5%の大幅減となった。これにより、少なく見積もっても1万人以上のがんが未発見になっている懸念があると指摘する。

2021年4月には国立がん研究センターが全国各地のがん診療連携拠点病院における約24万例のデータをもとに、10年生存率の集計を初めて発表。それによるとステージ1で治療を行なった場合、胃がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんの相対生存率は90%を超えている。この結果からも、早く介入すれば決して“不治の病”ではないことが見えてくる。

企業が推し進める「がんとの共生」

がんに罹患して就労できなくなることの経済的損失は大きく、最大で1.8兆円との試算もある。そこでクローズアップされるのが「仕事とがん治療の両立」である。厚生労働省の委託事業である「がん対策推進企業アクション」は、“がんでもやめない、やめさせない”を掲げ、2009年度からスタート。約3500の企業・団体が推進パートナーとして加盟し、従業員やその家族のがん検診受診率50%を目指して活動を続ける。

同組織でアドバイザリーボード議長を務める東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授の中川恵一氏は、「がんとはわずかな知識と行動で運命が変わる病気」と話す。そのため、がん対策のイロハをまとめた小冊子「がん検診のススメ」を推進パートナーに無償配布して広く啓蒙を図る。2020年10月からはYouTubeチャンネルを開設し、がんサバイバーであるタレントの生稲晃子さんも交えながら、分かりやすい言葉でがんに関する知識を提供している。

YouTubeで啓蒙を図る東大病院 特任教授の中川恵一氏(出所:がん対策推進企業アクションのYouTubeチャンネル)
YouTubeで啓蒙を図る東大病院 特任教授の中川恵一氏
(出所:がん対策推進企業アクションのYouTubeチャンネル)

がん対策推進企業アクションでは、がん対策に向き合う企業・団体を選出して毎年表彰を行なう。最新の2021年度は日立システムズ、アートネイチャー、伊藤忠エネクスらが表彰を受けた。中でもアートネイチャーは、がん経験者である人事部長が自らがん対策を推進。当事者としての立場から治療の内実や費用、がん患者に対する接し方などを説き、従業員とがん経験を共有した。

過去の受賞では大企業が名を連ねる。2018年度に厚生労働大臣賞を受賞した伊藤忠商事は、2017年7月に当時の社長(現・代表取締役会長CEO)の岡藤正広氏が「がんに負けるな」とのメッセージを全社に発信。長期にわたるがん闘病の末に亡くなった従業員が、社内の支援体制に対する感謝を岡藤氏にメールしたことがきっかけだった。これを受け伊藤忠では仕事と治療の両立支援を拡充。国立がん研究センターとの提携により、専門医による特別がん検診や必要に応じた即時治療体制の確立、在職中にがんで亡くなった従業員の子女に対する育英資金提供などを整備した。

従業員を守る充実した伊藤忠のがん対策(出所:伊藤忠商事)
従業員を守る充実した伊藤忠のがん対策
(出所:伊藤忠商事)

富士通は2019年度に情報提供部門でパートナー賞を受賞した。グループ約7万人を対象にe-ラーニングによるがん教育を実施して、がん検診受診率向上を図った。プログラムの内容には前出の中川氏が協力し、オンラインで “大人のがん教育”をレクチャー。受講者の98%が「新しい知識の習得があった」、93%が「がん検診や生活習慣に対する意識変化があった」と回答した。現在、このe-ラーニングはがん対策推進企業アクションの推進パートナーに無償公開されている。

同じく2019年度に厚生労働大臣賞を受賞した野村證券は、強力なトップダウンで健康施策を進める。2019年度は、がん検診が受けられる人間ドックを含む健康診断受診率が99.4%を達成。年度内の早い時期に受診するとAmazonでの購入などに利用できる健康ポイントが付与され、人間ドック休暇も設けるなどインセンティブを充実させた。喫煙対策にも力を入れており、2021年10月からは在宅勤務も含めて就業時間内の全面禁煙を実施する。

がん対策を企業が無視できなくなってきた背景には、女性の社会進出が深く関わっている。乳がんは40代後半と60代後半、子宮頸がんは40代前半から後半がピークとなる。年代別に見ると50代前半までは女性に比較的罹患数が多く、30代では実に男性の3倍にも達する。「脂の乗った」世代のリスクが最も高い。

そこに定年延長の動きが拍車をかける。50代半ばを境に男性のがん罹患が急上昇カーブを描くからだ。すでに70歳までの就業機会確保が努力義務化された現在、遅かれ早かれ70歳まで現役で働く時代がやってくる。「今後、企業で働くがん患者は増えていく」との中川氏の言葉に間違いはないだろう。