膨大な審査書類の作成で方針転換

浅川氏は東大の学部、修士、博士過程を小泉研究室で過ごした。小泉研究室は宇宙推進工学やプラズマ工学を中心に基礎研究と実利用に取り組んでいる。

「もともとは人工衛星(の開発)をやりたかったのですが、テストの点数が足りなくて中須賀/船瀬研究室には入れなかったんです」。中須賀/船瀬研究室は超小型衛星プロジェクトを多数行っており、製造技術からマネジメント技術まで低コストの衛星開発を目指している。その研究室に入れなかったのは、浅川氏にとってひとつの挫折だったという。

きついなと思ったら仕事から離れ、スマートホンやパソコンなどの情報をシャットオフ(遮断)する。趣味のバイクも気分転換にいいという
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浅川氏が水を推進剤にした研究を始めたのは博士課程に進んだ2016年だ。それまでは大型衛星の推進剤にも使われるキセノン・ガスで研究を進めていたが、高圧ガスとして封じ込める容器には耐圧性が求められ、小型化のネックになっていた。しかも、安全審査基準がとても厳しかった。

「ロケットに搭載する時に厳しい安全審査基準があり、書類を山のように作らなければなりません。それが推進機本体の開発以上に大変な作業でした」

そんなことではキセノンを推進剤に使うのは絶対にダメ。すべての要求を満たすには「水しかない」との判断になり、水を推進剤とする推進機の研究に切り替えた。

「私たちには水蒸気式エンジンと水プラズマ式エンジンの2種類があり、これを一つのモジュールに統合したハイブリットタイプもあります。特徴的なのは特許を取得している水プラズマ式エンジンです」

水蒸気式エンジンとは、エンジン内部の真空空間に水を噴射し、20℃ぐらいで蒸発させ、その水蒸気を穴から高速で噴き出し推進力を得るもの。水プラズマ式は水蒸気を得るところまでは同じ。その後、マイクロ波でエネルギーを当てて水蒸気を電離しプラズマ化し、それを高速で噴射して推進力を生成する。衛星本体を速く動かしたい場合は水蒸気式、効率よく動かしたい場合は水プラズマ式が適しているという。

水プラズマ式の原理
水プラズマ式の原理
(提供:Pale Blue)

水プラズマ式の開発ポイントは錆びない構造をどう実現するかだった。

「酸化に強い小型プラズマ生成技術が小泉研究室にはありました。具体的には電極を使わないという方法です。プラズマを発生させる領域に強力な磁石を置いて磁場を作る。その周辺に漂っている電子を磁場がトラップし、電子の運動周期に合わせた周波数のマイクロ波を照射し、共鳴現象を起こす。するとエネルギーを与えられた電子が加熱され、激しく動いて水蒸気に衝突し、電離反応が起こります。そのプラズマを噴射するのです」

プラズマが噴射される様子
プラズマが噴射される様子
(提供:Pale Blue)

小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」で大活躍したマイクロ波放電式イオンエンジン。そのエンジンを開発したのが宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所長を努めた國中均氏で、そのもとで研究していたのが現在の小泉研究室を率いる小泉宏之准教授だ。10年以上かけて小型化を進めてきた。