日本鋳鉄管(ちゅうてつかん)は、ダクタイル鉄管の老舗メーカーである。ダクタイル鉄管とは上下水道やガスなど各種管路に用いられる球状黒鉛鉄管のことで、同社では事業の9割を水道管が占める。1937年(昭和12年)に埼玉県蕨市で創業した老舗で、現在は東京に本社を置く。

蛇口をひねれば水道水が飲める。日本で生活していると当たり前に思えるが、国土交通省の調査によれば、水道水をそのまま飲める国は日本を含めて世界で9カ国しかない。日本の水道普及率は97.9%(2016年度末)、水道管路の総距離は約67万キロメートルにも及ぶ。このデータからも、いかに日本が世界に誇る“水道の優等生”であるかが分かるだろう。

現在、その水道事業が危機に直面している。水道管の法定耐用年数は40年であり、昭和30〜40年代にかけて全国的に整備された水道管路が老朽化に突入しているためだ。年間2万件を超える漏水・破損事故が起きていることもあり更新需要は年々上昇する一方だが、2015年度末における全国平均の管路更新率はわずか0.74%。このペースで行くと、すべてを更新するのに130年以上かかると推測されている。

そこに懸念材料として地震や災害の多さが重なる。2016年の熊本地震では最大で約3カ月半、同年の台風10号被害では約40日間もの断水を余儀なくされた。2021年10月7日、首都圏を襲った震度5強の地震でも、都内各地で水道施設が破損したのは記憶に新しい。

更新が進まない背景には、厳しい財政状況がある。水道事業は各自治体の水道局、上下水道局の独立採算制となっているが、人口減少に伴い2000年をピークに有収水量が減少に転じ、経営状況が厳しさを増している。これにより、施設更新に対する適切な投資ができない状態が続く。

口減少社会で厳しさを増す水道事業。2060年には有収水量がピーク時から約4割減少すると予測されている(出所:厚生労働省「最近の水道行政の動向について」)
人口減少社会で厳しさを増す水道事業。2060年には有収水量がピーク時から約4割減少すると予測されている
(出所:厚生労働省「最近の水道行政の動向について」)

こうした状況を改善すべく、日本鋳鉄管では米国スタートアップのFracta(フラクタ)と共同でAIによる水道管路劣化診断を提供している。これは、地中に埋まっている水道管の劣化をデータベースとソフトウエアを用いて地上から予測する技術。創業84年を迎えたオールドカンパニーが最先端テクノロジーに目を向けた理由は何だったのか。日本鋳鉄管 代表取締役社長 日下修一氏に話を聞いた。

水道も会社も、このままでは生き残れない

――まずはAIの水道管路診断に目をつけた経緯を教えてください。

私は日本鋳鉄管の親会社であるJFEスチールの出身で、2018年に代表に就任しました。外側から来てまっさらな気持ちでこの会社を俯瞰したときに、このままでは立ち行かなくなる危機感を感じました。水道事業自体がシュリンクする中で、各公共機関にモノを作って納品するだけでは限界があると。そのため、事業領域を拡大していく目標を立てました。

AIによる水道管の劣化診断はその一環です。水道管の調査・点検は未だにアナログが主流です。夜中に水漏れの音を耳で聴いて判断したり、使用年数からアタリをつけて試し掘りをして目視確認したりなど、非常に手間がかかります。より効率的かつ高精度な確認方法はないものかと探し続け、フラクタの技術を発見しました。

日本鋳鉄管 代表取締役社長 日下修一氏(写真:小口正貴)
日本鋳鉄管 代表取締役社長 日下修一氏
(写真:小口正貴)

フラクタの代表は加藤崇さんという日本人で、かつて東大発ロボットベンチャーの「Schaft(シャフト)」でCFO(最高財務責任者)を務めていた人物。フラクタは、米グーグルがシャフトを買収後に加藤さんがシリコンバレーで立ち上げたスタートアップです。最初にコンタクトを取った際、「この技術を日本でも役立てたい」と話してくれたこともあり、2018年9月にパートナーシップ契約を締結しました。

――フラクタのAI技術はどのようなものでしょうか。

配管素材や使用年数、過去の漏水履歴といった水道事業者のデータとともに、地形、土壌、気象、交通網、河川の状況などの環境要因をデータベース化し、AI/機械学習によって水道管の劣化予測を行います。物理的検査をせずに済む、まさに公共インフラのDX(デジタルトランスフォーメーション)とも言える技術です。

Fractaソフトエアのイメージ(出所:Fracta)
Fractaソフトウエアのイメージ
(出所:Fracta)

すでに米国では有用性が認められていて、数十州の水道事業者で利用されています。しかし、日本の公共インフラ業界にいきなりAIを導入するのは難しい。それに日本は地震国ですから、独自のパラメータ(変数)をどのようにAIのアルゴリズムに盛り込んでいくかも焦点となりました。それらを考慮した上で、まずはいくつかの自治体と提携して実証実験から始めました。具体的には神奈川県川崎市、兵庫県神戸市、埼玉県の越谷市と松伏町に水道を供給する越谷・松伏水道企業団などです。

――これらの都市を選んだ理由は?

前職でJFEスチール 東日本製鉄所の京浜地区所長を務めていたこともあり、川崎市とはそもそもパイプがありました。それに加え、以前から川崎市は先進技術を採用することに意欲的であることを知っていたので、快く賛同いただきました。

神戸市は西日本の代表としてお声がけしました。日本の地質構造を考えても、東西でパラメータの違いが必ずあると思ったからです。また、阪神・淡路大震災も経験し、強靭化に関しての課題意識が強い。地形的にも急峻な山手から海岸の埋立地までバラエティに富んでいます。さまざまな要素を含んでいるので、参考データを潤沢に収集できると考えました。

越谷・松伏は中小都市のモデルケースです。政令市である川崎市、神戸市は過去の漏水データが整備されていてAIの推測との照合が比較的容易でした。しかし、日本の大多数が中小自治体であることを踏まえると、あまり過去のデータが整備されていない自治体で効果的な評価ができるかどうかの検証は避けては通れません。このように、さまざまなスケールでの実証を行なってきました。

――2021年2月には、兵庫県朝来(あさご)市に正式採用されました。

朝来市は人口2万9000人ほどの小さな街ですが、水道事業に携わる職員がわずか5人しかいません。たったこれだけの人数で水道に関する事故に四六時中対応せざるを得ない状況に悩まされていました。しかも、過去の水道管路地図が欠落している状況でした。

そこにAIを導入して、まずは管路の台帳を整備することから始め、そのデータを元に診断を行ないました。台帳整備とリスクの高い管路の優先的な診断を進めたことにより、更新費用の2〜3割削減が見込まれる効果が現れました。もちろん、職員の負担を減らすことにも役立っています。

AI管路診断は、兵庫県朝来市のIoT活用推進モデル事業として本格採用された(出所:日本鋳鉄管)
AI管路診断は、兵庫県朝来市のIoT活用推進モデル事業として本格採用された
(出所:日本鋳鉄管)

ここでは副次的な効果も生まれました。診断結果を道路管理部門と共有し、水道管路と道路の改修工事のタイミングを合わせることにしたのです。こうすれば、公共工事予算のスリム化が図られます。この取り組みは、財政が逼迫する中小自治体にとって、インフラ整備の1つの手本になるのではないかと思います。

朝来市は厚生労働省 IoT活用推進モデル事業の支援を受けたものですが、我々はすでに事業化に向けて走り始めています。管路更新事業を促進する「管路DB方式」の看板メニューとしてフラクタのAI管路診断を組み込み、公共インフラのDXを加速していくつもりです。