女性カーレーサーとして世界最高位をマークするなど、モータースポーツの世界で華々しく活躍してきた井原慶子氏は、教育関連事業で起業したり、日産自動車など各社で社外取締役を務めたりとビジネス界でも存在感を発揮している。その井原氏が新たなチャレンジに乗り出している。電動バイク「GOGO!」の開発・販売だ。

Future 代表取締役 CEOの井原 慶子氏
Future 代表取締役 CEOの井原 慶子氏。モデル、レースクイーンを経て、1999年にプロカーレーサーとしてレースデビュー。2014年にはカーレースの世界最高峰・WEC世界耐久選手権の表彰台に世界女性初で上り、ルマンシリーズでは総合優勝した。経済産業省産業構造審議会委員など複数省庁の委員を務めるなどして、産業構造改革、女性の活躍、教育のデジタル化などを推進。現在、Future代表のほか日産自動車独立社外取締役、ソフト99コーポレーションの社外取締役などを務める。
(撮影:加藤 康)

レースさながらのスピード感で事業基盤を構築

開発のきっかけは、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下の2020年5月、地元・愛知県春日井市の商店街が苦境に陥ったことにある。店主らは「電車やバスに乗るのが怖いと、お客さんが来てくれない」「宅配しようにも、大きなバイクに乗れないし人も雇えない」といった悩みを吐露し、クルマのメカニックに詳しい井原氏に「個人が手軽に移動できる電動バイクのようなものを作ってくれないか」と訴えた。そこで井原氏が旧知のエンジニアの藤井充氏(現・Future CTO=最高技術責任者)と生み出したのが「GOGO!」というわけだ。

GOGO!の開発でこだわったのは軽さと操作性という。「サスペンションやフレームにレーシングカーのテクノロジーを反映し、超軽量ながら走る喜びを味わえるパワフルさや軽快なハンドル操作を実現しました。バッテリーを外して家庭用電源で充電できる使い勝手の良さも特徴です」と井原氏は説明する。ベーシックモデルの「S」、カゴ付きの「カーゴ」、スポーツタイプの「R」、シェアサービス向けの「シェア」と4車種を展開。いずれも車体重量は23~25kgだ。バイクの中でも軽量のスクーターでさえ約100kgあることを考えると、かなりの軽さだということが分かる。

ベーシックモデル「S」(左)とカゴ付きの「カーゴ」(右)
ベーシックモデル「S」(左)とカゴ付きの「カーゴ」(右)
ベーシックモデル「S」(左)とカゴ付きの「カーゴ」(右)
(出所:Future)

さらに、これら4種の普及モデルとは別に、フラグシップモデルである「FUTURE MOBILITY X」も用意した。重量18.5kgで最高時速45キロ。より直感的な操作を楽しめるうえ、車体を折り畳んで持ち運びもできる。「GOGO!」シリーズも「X」も道路交通法上ではミニカーに区分されるため運転には普通自動車免許が必要だが、女性や高齢者も含め多くの人が気軽に乗ることができる。

フラグシップモデル「FUTURE MOBILITY X」(出所:Future)
フラグシップモデル「FUTURE MOBILITY X」
(出所:Future)

電動バイクと並行してもう1つ井原氏が開発を進めたのが、地域で経済を回すための情報プラットフォームだ。スマートフォンの専用アプリから電動バイクやフードデリバリーサービスを予約したり、さらには地域通貨やクーポンを組み合わせたりするなどして、人や物の移動を活性化するのが狙いだ。「商店街の方からは『通販と同じものを同じ値段で売っても地元で買ってくれない』という嘆きも聞かれました。地元で買い物をしてもらう仕組みを整えることは、輸送にかかるCO2を削減できるので環境対策にもなります。地域の情報プラットフォームと『GOGO!』を融合することで経済も回るし、カーボンニュートラルにも貢献できる。おまけに密にならず移動できるということで、いいこと尽くめです」

プラットフォームに関してはエンジニアの柴田英寿氏(現・Future COO=最高執行責任者)と共に開発に着手、2020年10月にはFutureを創設した。商店街の苦境を聞いてからわずか5カ月で事業基盤を構築するという早業は、1000分の1秒を争う世界で戦ってきたレーサーならではのもの。走りながら考え、修正を施し、精度を高めていく。この経験則が、市場ニーズの迅速な反映が求められる今の時代のビジネスにマッチしていると井原氏は自負する。

「日本では子どもの頃から親や教師に完璧であることを求められますが、完璧さに縛られると思考が減点方式になるので『うまくできなかった』『やりきれなかった』と劣等感が残りがちです。結果としてモチベーションを最大化できません。実のところ私がレーサーになって成績を残せるようになったのは、完璧主義をやめたことが大きいんです。できるところまでやって、周囲の意見を聞きながら改善していく。すると、もっと良くしたい、もっとみんなの役に立ちたいとモチベーションが湧いてくる。結果としてプロダクトやサービスが磨かれるわけです」

開発者とユーザーが一体となって価値を協創していく。Futureの事業は常に進化の途上にあり、未来に向けて開かれているということなのだろう。