自分に瓜二つのアンドロイド「ジェミノイド」、若い女性を模した自律対話型ロボット「ERICA(エリカ)」など、人間に酷似したロボットを次々に生み出した石黒浩氏。いわゆるヒューマノイドを手掛けるのは、生活の中で人と関わりを持つことを念頭に置いているからだ。数年前にはマツコ・デラックスや黒柳徹子のヒューマノイドを監修し、世間を大いに沸かせた。いつも黒シャツを身にまとう独特な風貌と相まって、日本で最も有名なロボット研究者と言えるだろう。

石黒氏は1990年代後半からロボット研究に携わってきた。だが、これまで完成させたエポックメイキングなロボットたちは、残念ながら社会に浸透したとは言いにくい。そこで2021年6月、大学発ベンチャーのAVITAを設立。遠隔操作ロボット(アバター)の本格的な社会実装を目指している。

20年余りに渡ってロボット/アバターの最前線を走ってきた石黒氏が、このタイミングで一気にギアを上げたのはなぜか。以下、AVITA設立の狙いとアバターがもたらす効果、技術と人間の関係、テーマ事業プロデューサーを務める大阪・関西万博などについて聞いた。

社会実装を進めないと世界は変えられない

――AVITA設立の背景は。

アバター技術によって人びとの可能性を拡張することが目的です。ここで言うアバターとは遠隔操作ロボット、あるいはソフトウエアのCGアバターを意味します。これらを社会実装し、まずはリモートで自由に働ける世界を確立したいと考えています。

実は1999年の段階で、テレビ会議システムと移動式台車を組み合わせた遠隔操作ロボットを発表済みなんです。その後、同じアイデアによるアバターブームが2010年頃に起こりました。リモートで働こうという気運が高まりましたが、当時は世界がリモートワークを良しとしなかった。人事評価をどうするのか、オフィスにいるのと同じような人間関係を構築できるのかなど、さまざまな課題があったからです。

石黒浩教授(写真:小口正貴)
石黒浩教授
(写真:小口正貴)

それが新型コロナによって状況はがらりと変わりました。最大の障壁だったリモートワークが世の中に受け入れられ、僕がやってきた研究を社会に還元できる絶好のタイミングを迎えたのです。そこで、社会に貢献したいとの思いから新会社設立に至りました。最新技術を用いれば、フェイス・トゥ・フェイスと何ら変わらない仕組みを作れる自信があります。リモートで働きつつも、人と豊かに関わることができるのです。

別にZoomでいいのではないかとの意見もありますが、しんどいことが多いですよね。視線は合わないし、会話もかぶってしまいます。もっと人間の五感、表情を同じ仮想空間で共有できる技術があれば、リモートワークは今以上に定着するはずです。高齢者、障がい者、子育て中の主婦など、働きたくても外出するのが難しい人たちはたくさんいます。そういう人たちが自由に働けるようになることは、人類、ひいては社会の進化だと思います。

――従来のように物理的なロボットを想定しているのですか。

いや、当面はCGアバターから着手します。過去を振り返ってみても、Pepperは非常に意義のあるチャレンジでしたが上手く行きませんでした。aiboは一定層に受けているとはいえ、街中を散歩しているわけではない。高機能なロボットが家電量販店で気軽に買えるようになれば世の中が変わると思いますが、そこまではまだまだでしょう。

もちろん、お金をかければ誰もが驚くロボットを完成させることは可能です。でも、我々のようなロボットは一体作るのに数千万円のコストがかかる。それをiPhoneと同じ10万円で購入できるわけがない。しかもiPhoneは人びとの要求のほとんどを叶えることができる。今の段階では、同じ価格帯のロボットがiPhoneに並ぶのは現実的ではありません。

CGアバターの一例。2021年11月〜12月にかけ、大阪・道頓堀でパソナグループの「淡路アバターセンター」スタッフが遠隔でクラフトコーラ販売の接客を実施した(出所:AVITA)
CGアバターの一例。2021年11月〜12月にかけ、大阪・道頓堀でパソナグループの「淡路アバターセンター」スタッフが遠隔でクラフトコーラ販売の接客を実施した
(出所:AVITA)

最も大事なことは、「アバターでこんな働き方ができる」事実を提案することです。CGアバターであればPCやスマホですぐに使えますし、ソフトウエアなのでさほどコストはかかりません。AVITAのCOOである西口(昇吾氏)は僕の研究室出身で、日本テレビでVTuber事業を手がけていた人物。デジタル上のインタフェースとしてアバターを活用します。

――となると、プラットフォームとしてメタバースも有力候補なのでは。

確かに仮想空間のプラットフォームとしては有効です。しかし、僕は仮想空間だけでは足りないと思っています。なぜなら、それだけでは十分な経済効果が生まれないからです。ほとんどのビジネスは実世界で成立していて、その構造は変わっていません。だからこそ、実世界でアバターを使ってみんなが働くことを定着させたい。そのステップを経て、よりリアルな人間そっくりのアバターで付加価値の高いサービスを受けたいとなったときに、ロボットが登場する流れを考えています。AVITAが「Virtualize the Real World」(実世界の仮想化と多重化)というビジョンを掲げているのは、そうした理由からです。

――ビジネスモデルはどのようなものですか。

最初はBtoB領域から展開して、AVITAがアバターを操作するシステムを開発して企業に販売します。2023年以降は一般消費者向けのアバタープラットフォームを立ち上げ、大々的な普及を目指します。

2022年4月下旬にローンチしたアバターを活用したリモート接客サービス「AVACOM」。遠隔操作にCGアバターが追従する(出所:AVITA)
2022年4月下旬にローンチしたアバターを活用したリモート接客サービス「AVACOM」。遠隔操作にCGアバターが追従する
(出所:AVITA)
AVACOMのCGアバターはリアル、アニメ、マスコットなど多様なキャラクターをTPOに応じて用意(出所:AVITA)
AVACOMのCGアバターはリアル、アニメ、マスコットなど多様なキャラクターをTPOに応じて用意
(出所:AVITA)

このビジネスで稼げないのであれば、社会実装など無理。結局、何も起こらないのと同じです。設立時に大阪ガス、サイバーエージェント、塩野義製薬、凸版印刷、フジキン(特殊流体制御機器メーカー)の5社から5.2億円の資金調達を行ない、相当な評価をしてもらいました。事業連携なので、例えば大阪ガスとは家庭内サービス、サイバーエージェントとは接客の拡張、塩野義製薬とは医療現場向けサービスなどを進めるつもりです。

技術大国の日本ですが、もはや研究室だけでは成立しません。特に情報メディアやロボット研究は、米国では大学に閉じずに企業を積極的に巻き込んでいます。社会実装を並行しながら研究しないと、本当に世界を変えていくことはできないし、必要とされている問題を解くこともできない。そんな思いで取り組んでいます。