葛飾北斎の『冨嶽三十六景』の「武州玉川」。現在の東京都府中市の多摩川にあった渡船場から富士山を望んだ景色を描いた作品で、特徴的なのは川の描写だ。対岸から藍をぼかし摺りすることで水の豊かさを表現する。舟が浮かぶあたりをルーペ越しに見ると、手前の藍のないところには波の形を表現した凹んだ線のみがはっきりと見られる――。

葛飾北斎『冨嶽三十六景』の「武州玉川」(展示用マスターレプリカ)。ループで拡大すると、空摺りという手法で波の輪郭が凹んだ線で表現されているかのように見える
葛飾北斎『冨嶽三十六景』の「武州玉川」(展示用マスターレプリカ)。ループで拡大すると、空摺りという手法で波の輪郭が凹んだ線で表現されているかのように見える
葛飾北斎『冨嶽三十六景』の「武州玉川」(展示用マスターレプリカ)。ループで拡大すると、空摺りという手法で波の輪郭が凹んだ線で表現されているかのように見える
(撮影:長坂 邦宏。以下、出所記載のないものは同)

NTT東日本の企画展「Digital×北斎【破章】 北斎VS廣重 美と技術の継承と革新」の展示でそんなふうに見える作品も、実は原画ではなく、最新の超高精細デジタル画像記録と3次元質感画像処理技術によって再現された展示用のマスターレプリカ(色基準となる複製品)だ。

特別に許可を得て、空摺りによる「凹んだ線」のあたりを指でなぞってみたが、ツルツルとしているだけで凹みなどない。インクジェットプリンターで印刷したものだから当然なのだが、目の錯覚で凹んだように見える。この精巧さなら、おそらく専門家が「これは本物かレプリカか」と問われても、答えに戸惑うのではないか。

百聞は一見にしかず。ぜひこのマスターレプリカをご覧いただきたい。企画展は東京・西新宿のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開催されている。

企画展「Digital×北斎【破章】 北斎VS廣重 美と技術の継承と革新」の展示
企画展「Digital×北斎【破章】 北斎VS廣重 美と技術の継承と革新」の展示

「地域の文化財をどう保存し、継承したらよいか」

NTT東日本は通信以外の分野に事業を拡大するため、2年ほど前から農業や畜産、林業、漁業など一次産業分野への取り組みに力を入れている。得意のICTを活用して事業の省力化や製品の高品質化を図るのが狙いだ。そんな地方での接点が広がる中で増えてきたのが、「地域にある文化財をどう保存し、継承していったらよいか」という相談だった。

美術品や建築物をはじめ有形文化財は年月が経つと劣化し、災害で損壊してしまうこともある。無形文化財は少子高齢化の影響を受け、後継者が減っている。さらに新型コロナウイルスの感染拡大により、三密を避け、時間や場所にしばられない美術品や文化財の鑑賞方法が模索されるようにもなってきた。

NTT ArtTechnologyの国枝学社長
NTT ArtTechnologyの国枝学社長

こうした背景から、NTT東日本は2020年12月、ICTと文化芸術を活かした地域活性化事業を推進するための新会社NTT ArtTechnologyを設立した。文化財のデジタル化を進め、それを活用したサービスを開発し提供する。「ある地域の文化財をいろんな地域で楽しんでいただけるようにして、地域と地域を結び付ける。それを繰り返していけば、地方活性化に貢献できる。さらにそれを推し進めていくと、日本文化を世界に発信できるようになります」と国枝学社長は話す。

NTT東日本が手がけるのは通信という国内事業だが、NTT ArtTechnologyの活動はグローバルに広がる可能性を秘めている。だから社名の表記も登記名も、アルファベットとした。